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「... ... ... 仕事、行かなきゃ... ... 」
玄関に座り込んだまま、泣き疲れて眠ってしまった俺は身体の痛みと寒さで目が覚めた。
頭は痛いし目はきっと腫れている。
それでも時間は過ぎていき、一時間後には始業時刻。
シャワーを浴びて着替えを済ませ、荷物を持ってアパートを出ると、会社に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。
千裕くんが俺に触れたこと、それはふざけていたのか本当にしようと思ったのか、どちらか分からない。
それが嫌だった、とか、千裕くんを軽蔑した、とか、そんな気持ちは一切無い。
でもやっぱり顔を合わせ辛いのは確かだった。
主任も怒ってたし、あれから二人が喧嘩しなかったかも気になっている。
でも仕事に行きたくないのはそれが理由じゃなかった。
一番の理由、それは今日暁斗さんと打ち合わせの予定があったからだ。
きっと暁斗さんは怒ってる。
あれから連絡もないし、昨日の今日で顔を合わすのは千裕くん以上に気まずかった。
だからと言って簡単に休めないのが社会人の辛いところで、重たい足取りで会社に向かった。
あと少しで会社に着く、というタイミングで、ポケットの中に入れたスマホが震えた。
二度、三度と継続して震えるそれは着信を知らせる振動で、ディスプレイを確認すれば主任の文字。
「... ... はい」
『もうつく?』
「あと少しで... 。遅刻じゃないですよね?」
『ああ。お前さ、今日休みでいいよ。』
「え?休みって... 」
『今さらだけど盆休み、分割して取れ。んで今からウチ来い。場所分かるよな?』
「ちょ、待って、どういう意味... 」
『30分以内。いいな?拒否権はないからな。』
「は!?主任!?」
プツリと切れた、一方的な電話。
嘘だろう、とかけ直しても通話中で繋がらなくて。
30分以内... 結構ギリギリじゃないか。
(くそ... !なんでこんなことに... !)
逆らおうと思えば出来るのに、結局出来ないチキンな俺は指定された時間に間に合うよう小走りであのマンションに向かった。
✳✳✳✳✳
30分ギリギリで最上階のあの部屋のインターホンを押すと、すぐに扉が開き、いつもよりかなりラフな... というか、パジャマに近い格好の主任が出てきた。
仕事は?と聞けば、今日は元々休みだったらしい。
「入って。そんで逃げるなよ。」
「... ... 逃げるなって、何から... ... 」
主任に背中を押され広い玄関に入ると、すぐに目に入ったのは見覚えのある革靴。
とっさに振り返ると、内鍵をかける主任。
... ... 俺はこの靴の持ち主を知っている。
主任が言った『逃げるな』という言葉の意味はすぐに理解できた。
そのままリビングに進む俺の心臓はドキドキしていた。このドキドキは胸が高鳴る、とかじゃなくて緊張と不安の入り交じった嫌なドキドキだ。
冷や汗が額に滲む中、リビングの扉が主任の手によって開かれると、そこにはやっぱり... 昨日俺が座っていた場所に暁斗さんがいた。
「よし、揃ったな。」
満足そうにそう言った主任は、部屋の隅で小さくなって座る千裕くんの横に座り、俺を暁斗さんの横に座るよう指示した。
その時一瞬だけ目は合ったけど、昨日と変わらない冷たい目はすぐに反らされてしまう。
(もう、嫌われた... ... ... )
緩みっぱなしの涙腺のせいで、また溢れそうになる涙を堪え横に座ると、何を思ったのか、主任は床に頭をつけた。
「昨日は本当に悪かった。」
そう言った主任の姿に驚いたのは、俺だけじゃなかった。
ピクリと暁斗さんの身体が動いたのを、俺は見逃さなかった。
「響くん、暁斗さん... ... 本当にごめんなさい... っ!本当にごめんなさい、ごめんなさい... 」
主任に続くように、泣き腫らした真っ赤な目をした千裕くんも頭を床につけた。
主任と千裕くん、二人に目の前で土下座をされて、俺はあたふたしてしまう。
大の大人がこんなことって言ったらおかしいけど、ただ触ったってだけで土下座までするのか?流石にやりすぎだろう。
「千裕くんも主任もやめて、顔上げて... っ」
「... やだっ、俺響くんに最低なことした... !響くんだけじゃない。響くんの大好きな暁斗さんにまで嫌な思いさせた... っ!」
「それは... ... 」
「俺の不注意だった。千裕が酒癖悪いこと知ってるのに忠告もしなかったし冷蔵庫空にするのも忘れてた。俺の責任でもある。」
「主任... ... っ」
千裕くんの声はガラガラだった。
俺も酷い目をしてるけど、喉は痛くない。
きっとそれだけ泣いたんだろう。
主任も、普段はプライドが高くて自分から非を認めることなんてほとんどないのに、そんな人が自分が悪いわけじゃないのに謝るだなんて、信じられなかった。
「都合のいい頼みだって分かってる。だけど響、千裕を嫌いにならないで欲しい。暁斗、響は何も悪くない。お前たちの関係が悪くなる必要は何処にもないんだ。」
主任の言葉を最後に、部屋には沈黙が流れた。
何を言ったらいいのか分からない。
黙ったままの暁斗さんが何を考えているのかも分からない。
千裕くんのすすり泣く声だけが聞こえる部屋で流れる時間は、とても長く感じた。
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