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「大丈夫?響くん... 」
「うん... 」
ここは変わらず暁斗さんの部屋。
そして俺はあの首元の空いた服を着て、目の前に座る千裕くんに返事をした。
トイレに隠った俺は、随分長い間そこにいたと思う。
何度も何度も暁斗さんに名前を呼ばれたけれど、耳を塞いで聞かないようにした。
その声が止むと、玄関の扉が開く音がして、そして閉まる音がした。
(... 出ていった... ?お仕事... ?)
そっとトイレの扉を開き、廊下を見渡す。
そのまま玄関に行き、靴を確認すると暁斗さんの靴は消えていて、やっぱりどこかに行ったんだ、と確信した俺はとりあえず服を着た。
暁斗さんを突き放したのは俺。
だけど原因は暁斗さんだ。
ミキさんとは誰なのか。俺には言わない言葉をどうして『ミキさん』には簡単に言うのか。
俺を好きだと言ったあの言葉は嘘なのか?
それとも... 俺は好きで、ミキさんは愛してる、のか。
(二股?... そんなんじゃ、ないか。)
頭をよぎったのはバカみたいな考え。
暁斗さんはそんなことしない。
だけど... ... ... 。
(... せっかく仲直りできたと思ったのに... )
順調だと思っていた日々は簡単に崩れる。
本当に、呆気なく。
どうしたら良いのか分からない俺が、またしても泣き出しそうになったとき、インターホンが鳴った。
暁斗さんは鍵を持っている。だからインターホンを押すはずが無い。
お客さん?... モニターを見ると、そこに映っていたのはまだ赤い目をした千裕くんだった。
『少し前に暁斗さんが来て、響くんに付いてて欲しいって頼まれたんだ』
そう言った千裕くんは、まだ気まずそうに俯いていた。
昨日の今日で簡単に気持ちが切り替わるのは難しいんだろうけど、俺は本当に怒ってない。
最初にその事を伝え、千裕くんは部屋に入った。
暁斗さんはこの部屋を出たあと、そのまま主任のマンションに向かい、酷く落ち込んだ顔をしていたらしい。
『俺じゃ駄目なんだ』
そう言った暁斗さんは、千裕くんに俺の元に向かうよう頼んだ、と教えてくれた。
「やっぱり、俺のせいで... ?」
「違うよ、千裕くんは関係ないんだ。」
「じゃあ、どうして... っ」
「... ... ... っ、」
本人不在の部屋で、俺たちはリビングの隅で壁を背もたれにして座った。
... ソファーも、他の場所も、暁斗さんの匂いが残っていて辛かったから。
「暁斗さん、響くんが急に隠って話を聞いてくれないって言ってた。でも、何かあったんだよね?」
「... ... ... 」
「俺には、言えない... ?」
「... ... そうじゃ、ない... 」
「じゃあ... 」
「暁斗さんが... 暁斗さんが分からない... !俺を好きって言ったのに、愛してるは言ってくれない、なのに、なのにあの人には簡単に言うのが嫌だ... !」
「あの人?あの人って?」
「... ... ... ミキ、さん」
「え... ... ... ?」
「暁斗さんが... 両思いになる前から言ってたんだ... その人に、愛してるって」
一度ミキさんの存在を口にすると、抱えていた不安と嫉妬のような感情が溢れだす。
「なんで... なんでなの?俺が好きなんじゃないの?俺だけじゃないの?」
「ひ、響くん、」
「これじゃ付き合っても意味がない、俺は暁斗さんの特別になりたい... !暁斗さんの一番がいい、ミキさんに負けたくない... !!」
信じていないんじゃない。
自信がないんだ。
優しさも、言葉も、本当は嘘だったんじゃないかって。
いつか離れてしまうんじゃないかって。
男の俺じゃなくて女の子のミキさんがいいって思うんじゃないかって... 。
だから俺には言わない『愛してる』をミキさんに言ったとき、猛烈に嫉妬したんだ。
悔しくて、悲しくて、自分が特別じゃなかったと思い知らされたような気がして。
何度泣けば涙は枯れるんだろう。
千裕くんに背中を撫でられながら、なんで?を繰り返し口に出してわんわん泣いた。
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