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車に残された俺は、どうしたらいいのか分からず動けずにいた。 すると暁斗さんは再び後部座席の扉を開き、俺の隣に座る。 いつまでここにいるんだってこと、だよな? 早く動かなきゃ、帰らなきゃ、そう思うのに身体が動かない。 「響くん」 「っ、ごめん、すぐ帰るから... っ」 「違う、そうじゃない。もう全部話せるから、だからここに居て、俺の話聞いて?」 「... え... ?っう、わ!?」 暁斗さんに引き寄せられて、俺の身体は暁斗さんの胸の中。 あったかくて、ブルーベリーの匂いが濃く香るその場所は俺の大好きな落ち着く場所だ。 溢れた涙が暁斗さんの服に付かないように、両手で顔を覆うけど、それはなかなか止まってくれない。 暁斗さんはそんな俺の頭を撫でながら、ゆっくりと話し出した。 「... ... 俺が中学を卒業した春休み、両親が離婚した。」 「... あ、きと、さん... ?」 「いきなり何、だよね?でもごめん、そのまま聞いて?」 「... ... ... うん... ... 」 暁斗さんは撫でることは止めず、俺を宥めながら話を続ける。 「元々薄い情しかなかったから... まぁ離婚したのも当たり前かなって思った。それから高校生になって、夏休みの前に再婚した。俺は父親に付いてたから、新しい母親とその子供と一緒に暮らすことになったんだ。」 「... ... うん」 「新しい母親は優しい人でね、本当の息子じゃないのに世話やいてくれて。だけど俺はその時期荒れてて... ほら、前に話したでしょ?」 ショッピングモールで聞いた話かな? 確かタバコを吸い始めたのもこれくらいだったっけ。 俺は腕の中で頷いた。 「新しい母親の子供も、母親に似たのか世話焼きでさ。俺にくっついてきて... 見張りみたいな?とにかく一緒に過ごす時間が増えて、兄弟って感覚じゃなくて友達みたいな... そんな関係になった。悪いことも一緒にしたしね。」 暁斗さんは思い出すように笑った。 きっとそれは暁斗さんにとって懐かしい思い出なんだろう。 ... そんな気がした。 「新しい母親は俺たちに『愛してる』って口癖のように言ってたんだ。... 前の旦那さんが家庭を省みない人で寂しかったんだと思う。俺の父親も別人みたいに穏やかな顔をするようになって、高校3年になる頃は俺も落ち着いて... うん、多分あの頃が一番幸せだった。でも... 」 暁斗さんの言葉がそこで途切れる。 幸せだった、と過去形で話し、言葉に詰まる暁斗さんをつい見上げてしまった。 「... ... 病気だった。大学に通うよりも父親の会社を手伝いたくて家を出たんだけど、しばらく会わない時間ができて、連絡を貰った時にはもう遅くて... 。俺も、新しい母親の子供も、俺の父親も、みんなショックでね。」 衝撃だった。 暁斗さんの家庭事情は一度も聞いたことがなかったし、俺も話したことはない。 だけど暁斗さんの口から出た言葉は俺の想像を遥かに上回っていた。 でもそれがどうしてミキさんに繋がるのか。 その答えは俺が尋ねるよりも先に暁斗さんが教えてくれた。 「新しい母親の子供... 世話焼きで俺の側を離れなかったのが、ミキなんだ。ミキは母親が大好きでね。真似して俺にもよく言ってくれたよ。愛してるって。... 連れ子同士だったけど、本当の兄弟みたいに情はあったんだ。」 ミキさんが、暁斗さんの兄弟... ... ... 血の繋がりは無いけれど、その言葉に俺は『勘違い』の意味をやっと理解した。 「... それから荒れたのはミキだった。だから俺は自分の時と同じようにミキの側に居て、ミキに『愛してる』って言い続けた。家を出るときとか、電話を切るときとか、口癖になるくらいに。やっとミキが自分を取り戻してからは止めるようにしてたんだけど、どうしても口にしちゃって... ... ... それが響くんを傷付けたんだ。」 口癖、気持ちは無い、そう言った暁斗さんを信じることは出来なかった。 だけどここまで聞いてようやくそれが本当だったんだと理解できる。 「... ... ... 俺... っ、何も知らないのに... っ」 「当たり前だよ。言わなかったのは俺だから。ミキも関係してたから俺だけの都合で中々話せなくて... 。でもさっきミキに言ったよ、もう話すからって。そしたら今さらかって怒られちゃった。」 「ミキさんは... 俺と暁斗さんのこと、知ってるの... ?」 「もちろん。っていうより例の世話焼き、発動させてるじゃん?」 「え... ... 、で、でも俺、やっぱりミキさんは知らない... 」 「... ... ... うーん... それは有り得ないんだけど... ま、いっか。後で本人から言わせてもいいんだけど、教えてあげる。」 そう言った暁斗さんはスマホを取り出して、連絡先の画面を俺に見せた。 そこには『京極 弥生』の文字があって、それは何処かで見た覚えのある名前だった。 兄弟なのだから暁斗さんと名字が同じっていうのは分かる。 パッと見それが女性の名前なのか男性の名前なのか、迷ってしまうこの名前。 俺は記憶を必死に手繰り寄せた。 「... ... ... あ、これ主任の名前... ?」 「そ。これが答えだよ。」 「え?ちょ、ちょっと待って... 主任の名前って『ヤヨイ』じゃないの?」 「普通はそう読むよね。だけどアイツは違う。弥生と書いて『ミキ』って読むんだ。だから俺が話してたミキって言うのは... ... 」 「... ... ... ... ... ... しゅ、主任... ... ?」 「... そういうこと。」 頭の中でバラバラに散らばっていたピースがピッタリはまった。 暁斗さんに近い存在で、俺と暁斗さんのことをやけに気にかける主任。 世話焼きは今に始まった話じゃないのも納得できる。 俺が知っているはずのミキさん。 それは俺の近くに入社してからずっと居た。 「弥生(ミキ)はさ、色々あってー... 色々の部分は本人の事情で伏せるけど、自分から読み方を教えないんだ。特別な人以外には。だけど響くんは名刺も貰ってるはずだし、名字の時点で気付くと思って... 」 「... ... 俺、主任を名前で呼ぶことなくて... 周りもみんな主任呼びだったし... だから名字すら忘れてた... ... 」 「そっか、じゃあ気付かないのも無理ないね。」 「... ごめんなさい、暁斗さん。俺... 本当に... ... 」 「いいんだ。悪いのは話さなかった俺。響くんは何も悪くないよ。」 モヤモヤがスゥッと消えて、安心すればさっきとは違う意味の涙が溢れる。 ミキさんの正体、それは主任。 あの『愛してる』に恋愛感情はない。 「... ... でね、響くん。まだ話があるんだ。」 暁斗さんは俺の涙を掬いながら、優しく微笑んでそう言った。

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