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「へぇ、営業ねぇ...」 「暁斗さんは経験あるんだっけ?」 「うん、一応。まぁ正直俺には不向きだったよ。でも響くんなら大丈夫じゃないかな?」 あれから至急の仕事を片付けて、暁斗さんのマンションに戻ると珍しく俺より先に暁斗さんは帰ってきていた。 どうやら今日はお休みで、それなのに仕事をしに会社に行っていたらしい。 『だから早いんだ』って言ってたけど、連日早出に残業、そして休日出勤だなんて...あの出版社はブラックなんじゃないかと疑ってしまう。 「んー、なんで?俺は自信ないなぁ...」 「響くんは制作に携わってるでしょ?だから営業しかしたことない人よりも魅力とか説明がスムーズに出来ると思う」 「あ、なるほど。それはそうかも!」 「無理しない程度に頑張ってね」 「うん!」 暁斗さんの手料理をご馳走になりながら、俺は今日あった出来事を報告していた。 こんな風に仕事のことを話すのは最近あまりなくて、俺も暁斗さんの話が聞きたくて例の新人のことを聞いてみた。 「暁斗さんはどうなの?新人さん。」 「あーー...まあ、一言で言ったら大変、かな。」 「え、そうなの?」 「うん。...響くんにだから話すけど、なんて言うか厄介でね。手を焼くよ。」 「暁斗さんが...?なんか意外!」 「響くんみたいに物分かりが良ければいいんだけど、要領が悪いというかバカっていうか」 そう言った暁斗さんは箸を片手に頭を抱えた。 さっきハッキリと『バカ』って聞こえたんだけど、暁斗さんがそこまで言うなんて...よっぽどなんだろうか。 暁斗さんの話だと、俺より年下のその新人は、やる気はあるけど空回りするタイプらしい。 そして根っからのドジで、放っておけばあれこれミスをするから側に付きっきりなんだとか。 そのせいで暁斗さんの仕事が進まずに残業ばかりしているらしく、話を聞いた俺は会社じゃなくてその新人のせいで暁斗さんが大変な思いをしているのだと気付いた。 俺の暁斗さんを、っていうよりも俺と暁斗さんの時間を削る新人に、ちょっとムカッとしてしまう。 「ま、やる気はあるんだよ。だから仕事さえ覚えたら...伸びると思うんだ。」 「でもそこまで暁斗さんが頑張らなくても...」 「そこは俺の仕事だからね。」 「...暁斗さんこそ、無理しないでね?」 「ありがとう。」 暁斗さんは大人だ。 そして愚痴もあまり溢さないしっかりした人。 きっとその新人も、暁斗さんが一生懸命仕事を教えて立派に一人立ちするんだろう。 それが暁斗さんの仕事だっていうところがカッコ良くて、憧れてしまう。 仕事の話が一段落し、残りのご飯を食べてからはいつも通り片付けて、シャワーを浴びて、昨日より優しいエッチをして眠った。 本当は昨日が激しかったから止めとこうって言われたんだけど、なんだか暁斗さんに触れたくて仕方なくて、俺から誘ってエッチしたんだ。 ...仕事のやる気もエッチのやる気も充分、だなんて、本当最近の俺は調子いい。 これなら明日からの応援もなんとかなるだろう、そう思った。 だけど、現実はそうはいかなくて。 翌朝寝坊した俺がダッシュで出勤すると、主任の隣に見知らぬスーツ姿の男が立って俺を睨んでいた。 暁斗さんと同じようにキッチリ髪を固め、ネクタイは曲がることもなく、スーツに皺も見当たらない。 そして異様なオーラを纏ったその男が『営業』の主任だということを知ったのは、俺が息を切らしてデスクに着いた後のことだった。

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