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ーーー俺って酔うと絡みたくてしょうがなくなるみたい。
「あーきとさんっ、聞いてるー?」
「はいはい、聞いてるよ」
「うそだぁーー!今違うとこ見てたぁー」
「見てないって、ほら、響くんだけを見てるよ?」
「んーーー?...ん、ならよろひいっ!」
そしてとにかく暁斗さんを独占したいという気持ちが溢れて止まらない。
ここが自宅でも暁斗さんのマンションでもなくてバーのカウンター席だというのに、ぴったりくっついて、一瞬足りとも離れることをしなかった。
少し前まで『マスターに疑われる』って心配していた俺は何処に消えたんだろう?
たまに目が合うマスターはニコニコ微笑んでいたから、まぁいっかって思ったんだっけ。
「ねぇ響くん、俺の話も聞いてくれる?」
「ん?暁斗さんの?いいよおー!!」
「ありがとう。...俺ね、来週末に研修旅行があるんだ。前に話した新人と一緒に、二泊三日。」
「旅行?いいなーーっ!」
「うーん、研修旅行だから楽しくはないんだけど。それで、響くんにちゃんと言っておかなきゃって思って。」
「えー?なになにー?あ、マスターおかわり!」
空になったグラスを見せると、マスターは目を細めて頷いた。
ふわふわする頭で考えるのは、千裕くんたちと一緒に行った温泉旅行。
いいなぁ、暁斗さんの会社は旅行まであるんだ。羨ましいなぁ...。
「でね、響くん。その旅行中、俺は例の新人に付きっきりになる。連絡も出来ないと思うし、アイツのことだから目を離したら迷子になるだろうし...とにかく響くんに寂しい思いをさせないか心配で。...大丈夫、かな?」
ふーん、なるほど。
あの新人が暁斗さんを二泊三日、独占するってことか...
そんなの嫌に決まってる。俺の暁斗さんなのに、俺だけの暁斗さんなのに。
ーーだけどその新人を一人立ちさせるのが暁斗さんの仕事。
「だいじょーぶ。俺、ちゃんといい子で待ってるよ?」
酔っ払っててもそのことはちゃんと理解できていた。
暁斗さんがわざわざこうやって俺のことを考えてくれてるんだ。
それに俺もその頃はまだ応援に行ってるし、忙しいことは確実だから二泊三日くらい、大したことないはず。
ニッと笑って暁斗さんを見ると、『ごめんね』と暁斗さんは小さく言って俺の頭を撫でてくれた。
それからお互い何杯かおかわりをし、俺が潰れる前にって暁斗さんはストップをかけた。
ここは暁斗さんが奢ってくれて、マスターにバイバイして夜道を手を繋いで歩いちゃったり。
明日は俺が休みで暁斗さんは仕事、だから1日寝てられるってことで久しぶりに自宅に帰ることにした。
もうほとんど帰ってないから部屋は汚いし、郵便物もすごいことになってそう。
暁斗さんを部屋に入れることは出来ないくらい酷い状態だろうから、俺は部屋の前で暁斗さんとバイバイした。
人目を気にしたからおやすみのキスは短くて、全然満足いかなかったけどそれ以上に睡魔が襲ってきて。
仕方なく部屋の扉を開けて散らかった部屋の狭いベッドにダイブしたところで俺の意識はぷっつり途絶えた。
*****
翌日、久しぶりに俺を襲った二日酔いと戦いながら本屋に行って、『人付き合い』関連の本を買って勉強したり、これからどうしたら山元さんをギャフンと言わせられるか考えたりして過ごしたら、あっという間に夜になった。
暁斗さんのマンションに行こうかと思ったけど、21時を過ぎた頃に『今日も遅くなる』ってメッセージが入ったから止めといた。
毎日お邪魔擦るのも悪いし、きっと会えないだろうし...
また明日行けばいい、そう思って早めに寝ることにした。
それからの日々はまさにバタバタ、慌ただしい毎日だった。
出社してすぐに営業部に向かい、嫌味を言われながら山元さんのお手伝いをする。
...お手伝いっていうのは書類整理と山元さん宛の伝言をメモして伝えることがほとんどだったんだけど、その伝言の数が多いったらありゃしない。
電話が鳴れば『山元さん!』って呼ばれるし、その電話は次から次にかかってくるんだもん。
この人一体どれだけ売り込んでるんだって思うくらい。
そうこうしてればすぐにお昼休みが来て、俺は自分のデスクに戻る。
そしてどうしたら同僚と会話ができるか考えて、自分の仕事を片付ける。
...ちなみにまだ『おはよう』と『お疲れ様』以外の会話は出来ていない。
そりゃそうだよな、今までそれくらいしか会話って会話はしなかったし。
俺が他人と関わりたくないってオーラを出してたんだから、みんな必要以上に話しかけてくることもないし...
そして気付けば退社時刻。
暁斗さんが残業だろうって分かってたから、俺も残って仕事を進め、ヘロヘロになりながら会社を出るともう1日の終わりがすぐそばまで来ている時間。
こんな生活を続けているうちに、『多分今日も会えないだろうし』って思うことが増え、俺は自宅に帰る回数が増えた。
一週間のうち5日から6日通った暁斗さんのマンション、それがもう何日も行っていないことに気付いたのは暁斗さんが言ってた研修旅行を目前にした頃だった。
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