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「おい響、ちょっといいか?」
その日のお昼休みが終わり、デスクに戻ると主任が俺に手招きした。
急ぎの仕事が入ったのか?と思いながら主任のデスクに向かうと、小声で主任は『今夜ウチに来るか?』と聞いてきた。
「え?なんでですか?」
「なんでって...お前のことだから寂しいとか言うかなぁって。千裕も心配してたし...」
「寂しい?心配???」
「...暁斗、今日から研修旅行だろ?」
忘れたのか?と眉間に皺を寄せる主任。
...そうだ、そうだった!
忙しいあまり今日が何日なのかも分からない俺は、すっかり暁斗さんが研修旅行に行く日のことを忘れていた。
というよりも、最近暁斗さんのことを考える余裕もないくらいだった...。
「あー...っと、大丈夫です。多分残業するし、帰ったらすぐ寝ちゃうし...」
「暁斗のことを忘れようとして残業、とかすんなよ?最近お前残業ばっかだろ。」
「そんなつもりは無いですよ。普通にやりたいことが多くて片付かなくて...。営業の方も勉強したいし。気を使ってもらってありがとうございます。」
「...ならいーけど...。無理すんなよ。」
「はい。」
前までなら二泊三日が長くて寂しくて、きっと今の誘いに飛び付いてたと思う。
でもそんなことしなくても、きっと仕事に追われていれば三日後なんてすぐに来る。
そう思える俺って、ちょっとは成長したのかな。
暁斗さんは連絡も出来ないくらいに忙しいって言ってたし、それなら俺も仕事に集中したらいい。
ーーーそう思った俺は、暁斗さんに会えない間は一切連絡せずにひたすら仕事に集中した。
暁斗さんのことを考える暇もないくらいに、今まで以上に自分の時間を仕事に使った。
だからその間に暁斗さんがどんな思いで過ごしていたかとか、日に日に仕事に夢中になる俺のことをどう思っていたか、なんて気付ける訳もなくて。
暁斗さんが一番大切で、暁斗さんが居ればそれだけで幸せだと思っていたはずなのに、いつの間にか俺の頭には『仕事』のことばかりが浮かんでいて...。
三日後、暁斗さんが研修旅行から帰ってくるはずの日に連絡がなかったことも、自分から連絡することを忘れていたことも、もちろんその日に会うことがなかったことも気にならなかったんだ。
*****
「あーーー!やっと連休ー!」
ボフン、と自分のベッドに飛び込んだ俺は明日明後日が連休で、気分が良かった。
明日は昼まで寝て、ゴロゴロして過ごそう。
それで夜になったら久しぶりに暁斗さんのマンションに行ってみようか...
この二日は仕事を忘れてもいい、そう思えたのはあの山元さんの言葉があったからだった。
『休みは休み、仕事は仕事、ちゃんとプライベートと区別をしなくてはいい仕事はできない』
俺が明日からの連休を伝えた時に言われたこの言葉。
山元さんに対して、俺は最初のことがあったから警戒というか嫌悪感というか...とにかく好印象は持っていなかった。
だけど一緒に仕事をするうち、周りからの信頼が厚くて取引先の人をすごく大切にする、仕事に関しては見た目通り真面目で憧れる上司だったんだ。
それこそ俺の上司...弥生主任とは大違い。
って言ったら怒られそうだけど、本当に全く違う。
だからその言葉は俺の中にスゥッと入ってきて、そうしようって思えたんだ。
「暁斗さんにメッセージ入れとこーっと...」
俺の頭は仕事モードからプライベートモードに切り替わり、そうなれば会いたくなるのはただ一人だけ。
まだ仕事かなー、なんて思いながら送ったメッセージは、明日明後日が休みだということと会う時間はありそうかということ。
いつもと同じ、絵文字も顔文字も使わないシンプルな文面だ。
するとすくに手元のスマホが震えた。
ディスプレイには『暁斗さん』の文字で、俺はすぐにその電話を取った。
「はーい!」
『こんばんは。それとお疲れ様。』
「暁斗さんもお疲れ様!って、お仕事終わったの?」
『うん。会社出ようとしたらメッセージがあったから...。明日から休みなんだって?』
「うん!連休なんだー。暁斗さん、会う時間ありそう?やっぱり忙しい?」
『明日は遅くなるかもしれないけど、明後日は一応休み。だから明日の夜から泊まりにくる?』
「行く!へへー、久しぶりの暁斗さん、楽しみっ!」
『俺もだよ。じゃあ、明日ウチで。』
「うん!おやすみーっ!」
久しぶりの会話だというのに、電話はほぼ用件のみで数分で終わってしまう。
だけど俺たちはこれでいいんだ。というよりこれは今までと変わらないこと。
寂しかったとか、会いたかったとか、少し前なら言ってそうだけど...今回はそんなことなかったし、明日会えるならそれでいいし。
明日の夜まで何をして過ごそうか、そんなことを考えながら眠りについた。
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