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Side AKITO ④
新幹線の座席は当たり前のように連番で、窓際に松原晶が座りその横に俺が座る。
極力会話はせずにいたのは、『女の子と二人で研修旅行』ということを結局響くんに打ち明けられなかったから、せめてもの償いのつもりだった。
新幹線を降りてからはタクシーを使い、長い時間をかけて到着したホテルはなんと有名テーマパークのすぐそばだった。
ウサギをモチーフにしたそのテーマパークは、家族連れは勿論、カップルが一度は訪れるであろうそんな場所。
気が乗らなかったから下準備など一切してこなかった自分にまたため息が出た。
「うわー!たのしそーっ!!!」
「...松原は研修しに来たんでしょ」
「そ、そうでした...!」
いかにも女の子が好きそうなその場所に反応した松原晶を横目にさっさとチェックインを済ませ、一度部屋に荷物を置いてから用意されていた研修用の部屋に向かう。
その時一度スマホを見たけれど、新着メッセージはない。
...当たり前、か。自分から連絡出来ないと伝えたくせに、もしかしたらと期待した自分にガッカリする。
響くんは基本的に用事が無ければ連絡をしてはこない。
それは俺も同じで、だから俺たちのメッセージや電話の回数はとても少ない。
でもそれを気にしたことはないし、用も無いのに連絡するのもどうかと思ってしまうタイプだから、その点お互い楽だった、
だけど...響くんからのメッセージはここ数日全くない。
会えないしウチにも来ない、その上連絡もないとなれば心配になってしまう。
繰り返し言うが、連絡出来ないと言ったのは自分。
だからこうなって当たり前なのに『連絡が無いのが気になって仕方ない』なんて自分勝手な悩みを抱える俺は、恐らく人生で一番ウジウジしている。
「あれ?京極さん?どうしたんですか?」
「っ、何でもない。...行こうか。」
「はいっ!」
部屋を出た所で立ち止まって考え込んだ自分を松原晶に見られてしまい、一瞬焦ったがきっとコイツが俺の内心に気付くことはないだろう。
早く全てを終わらせて帰りたい。
その一心で俺は松原晶の研修に臨んだ。
*****
「はぁ、」
ボスン、とベッドに身を投げたのは一日目の研修を終えた夕方だった。
一日目と二日目は会社から時間割りのようなスケジュールを組まれていて、基本的にそれに従って指導する。
敬語の使い方から始まって、会社の中でどの部署がどんな仕事をし、そしてどのように機能していくのかを教え、それからやっと仕事内容の指導に入るのだが...
「なんなんだ、アイツは...」
ーー松原晶は俺の予想を遥かに上回る人間だった。
きっとここまでの説明だと、皆が松原晶を予想以上のバカだった、と解釈するだろう。
でもそれは間違いで、彼女は俺が説明するよりも先に教える内容を熟知していたのだ。
部署の数に仕事内容、聞いてもいないことを次々と口にし、そしてそれはこちらがストップをかけるまで止まらなかった。
今までの新人とは明らかに違う、というよりも俺の見てきた松原晶とは別人だと感じ、驚いた俺はつい聞いてしまった。
「お前...何でそんなに詳しいわけ?」
まだ出会って間もない彼女には使わなかった、素の自分が出したその言葉は、普段弥生やごく一部の部下にしか使わない口調。
決して使い分けているつもりはないが、自然とそうなってしまい、響くんには優しくしたいと思っているからかこの口調になることはほぼ無い。
「え?だって私、ずーっとやりたい仕事だったんです!だから勉強してて...」
「勉強って?」
「私の母方の祖父が昔ここで働いていたんです。だから祖父に聞いて仕事のこと教えて貰ってノートにまとめて...あ、これがそのノートなんですけど、」
「...見せて貰っていい?」
「はい!あ、ぐちゃぐちゃですけど...どうぞ」
そう言って渡されたノートは学生時代に使ったような、可愛らしさの欠片もないごく普通のノートだった。
だけどそれを開くと細かい文字で俺が教えるはずだったあれこれや、『もし自分がここに配属されたら』なんてことを想像し、どう動くべきかのシミュレーションまで書いてある。
思わずそれを夢中になって読む俺に、松原晶は喋り出した。
「私、小さい頃身体が弱くてよく入院してたんです。両親は共働きで忙しくて...そんなとき仕事の合間に祖父がお見舞いに来てくれて、そして仕事の話をしてくれました。...それが面白くて楽しそうで、いつか私も祖父と同じ仕事がしたいって思って。」
最後までじっくり読みたくなるようなノートを返すと、松原晶はそれを抱いて真っ直ぐ俺を見た。
「だから、私ここで働けて本当に嬉しいんです。どんなことでもする、どんなことでもやれる。...私バカだしドジだしいい所ひとつもないけど、だけど絶対祖父みたいになりたいんです。ご指導、よろしくお願いします。」
そう言った松原晶は真剣だった。
今までに見たことのない、やる気で満ち溢れた気持ちがジリジリと伝わってきて、俺の中でコイツを一人前に育ててやらなくては、そう思ってしまったのだ。
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