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とは言ってもスーパーの袋と財布にスマホ、暁斗さんちの合鍵しか持ってこなかった俺がここで時間を潰すのには限界があった。 スマホで暇潰しがてらにニュースを見たり、何かゲームでもしようかとアプリを探したけれど、どれも大した時間稼ぎにはならず充電は減るばかり。 このままじゃ暁斗さんちに行く前に、このスマホは充電切れになるだろうってくらい残りの充電は少なくて、俺は諦めてカフェを出ることにした。 暁斗さんが『遅くなる』と言ったのが日付の変わるくらいの時間を指すのならば、その時間までまだ6時間近くある。 カレーを作るにしたってそこまでかからないし、先に行ってもやることが無くてきっと暇を持て余す。 かと言ってこの袋を持ったままフラフラするのは重たいし... (どうしたもんかなぁ...) ふぅ、とため息をついてトレーを持った時だった。 斜め前に座る男性客が、タバコに火を着けようと顔を上げたその一瞬、パチリと目が合った。 「...や、山元さん?」 「筒尾...?」 それは本日二度目の山元さん。 よく見たらソファー席に座る山元さんの横には大きなスーパーの袋が2つ、ドンと置かれていた。 「奇遇だな。もう帰るのか?」 「え、と...まぁ...時間を潰せなくて...」 「ふぅん?意外だな、今の若いやつはスマホがあれば何時間でも時間を潰せるもよのだと思っていたが。」 「...そのスマホの充電がギリギリなんです...」 やることがないにしても、充電さえ100%あれば俺だってここであと一時間は過ごせるのに!と思いながらその場を去ろうとしたとき、山元さんは財布からお札を取り出し、俺に向けてそれを差し出した。 「ホット。砂糖もミルクも二個ずつ。」 「え?」 「お前も好きなもの頼んでこい。」 「や、あの、山元さん??」 「時間、もて余してるんだろう?付き合ってやるって言ってるんだよ。」 山元さんはそう言うと、早く買ってこいと命令した。 仕方なく俺はおかわりの注文をし、山元さんに言われた通りにホットコーヒーとちゃっかり自分のコーヒーミルクの乗ったトレイを持って喫煙席に戻った。 山元さんはタバコに火を着けていて、テーブルには雑誌が広がっている。 「あ、あの...買ってきました...」 「ん。」 「えーと...」 「そっち、座ればいいだろう。荷物は寄越せ、ここに置く。」 「あ、はい...し、失礼します...」 スーパーの袋を渡し、山元さんと向かい合って座ると、山元さんの見ていた雑誌が料理のレシピばかりがまとまっている『主婦向け』な雑誌だということに気付いた。 「...山元さん、本当に料理するんですね」 「本当にって...失礼だな。俺は家事も仕事も手を抜かない。料理は趣味だ。」 「なんか見た目とのギャップが激しくて...あ、タバコも。会社で吸わないですよね?」 「ああ...、これは休みの日だけ。会社では吸わないな。何処かのヘビースモーカーみたいにはなりたくないんでね。」 「...弥生主任のことですか。」 「あいつは吸いすぎだ。そのうち死ぬぞ。」 フゥ、と煙を吐いた山元さんはそう言って笑った。 会社では見せない、完全にオフモードのその顔はちょっと可愛い。 そういやこの雰囲気、少しだけ暁斗さんに似てるなぁ...。 髪を降ろしてるからなのかな? 「...匂いが嫌だという人もいるだろう?」 「え?」 「取引先の相手が吸わない人間だったら。その匂いだけで『嫌だ』とマイナスイメージがついてしまう。」 「...確かに」   「だが一方で喫煙所でなら気を抜いて話ができる人もいる。つまり使い分けが必要なんだよ。酒も同じだろう?」 「使い分け、ですか...」 「筒尾は吸うのか?ここに居るってことはそういうことだろうが...遠慮しなくていいぞ」 「あ、俺は席が空いてなかったからたまたま...吸わないんで、大丈夫です。」 山元さんは『そうか』と言うとその火を消して、コーヒーの中にミルク二個と砂糖二本を入れてクルクルとマドラーでかき混ぜた。 俺からしたらその光景は異常で、こんなもの飲めるのか、と思っていると、山元さんは一口飲んで『うまい』と言うから更に驚いた。 それから山元さんは言葉通り俺の時間を潰すのに付き合ってくれた。 料理の雑誌を二人で眺めたり、天気の話をしたり、山元さんが飼っている猫の話を聞いたり... てっきり仕事の話をするのかと思っていたら、今日は休みだから仕事の話はしたくないって苦笑いしてた。 苦手だけど頼れる上司の休日は、会社でのその姿を感じさせないもので、俺は少しだけ山元さんの内側を知ったような気がしたんだ。

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