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『ごめん、体調悪いから今日は自分のアパートに戻るね』
そうメッセージを送ったのは23時を過ぎた頃だった。
走った俺が向かう先は自分のアパートしかなくて、やっと涙が止まった時に暁斗さんとの約束を思い出したんだ。
『会いたくない』、でも『会いたい』
その2つの思いが俺の中で入り交じる。
会って暁斗さんに確認したい、あれは誰なの?って。
だけどもしそこから別れ話になったら?そう思うと会いたくない気持ちが勝ってしまう。
暁斗さんから連絡が無いのは、きっと俺が仕事中だからだと思っているからだろう。
普段俺がこんな時間まで仕事するなんて、繁忙期でも滅多にないけれど。
メッセージの返信はすぐに来た。
暁斗さんらしい、俺を心配する文字が並んだそのメッセージ。
だけどそれが本心なのか信じられない俺は、文末の『電話できる?』の文字を無視してスマホを置いた。
あの人は誰で、暁斗さんの何なのか。
俺だけを好きだと言った暁斗さんが、俺以外の...しかも女の子とどうして一緒にいるのか。
「...暁斗さん...俺のこと、まだ好き...?」
聞きたい、だけど聞けない。
そんな思いは真っ暗の部屋に小さく漏れた。
*****
せっかくの休みは泣いてばかりで引きこもり、気分転換の一つも出来ないまま過ぎていった。
翌日、目の腫れを気にして出社し、山元さんと一緒に仕事をしていると珍しく山元さんは俺を外に誘った。
営業の外回りなら事前に書類を作っていつでも売り込めるようにするのに、今日はそれがない。
つまり『サボり』に近い外出なのだと察知した。
行き先は告げられず、後ろをついていくと山元さんは会社から少し離れた広場のような場所にあるベンチに座った。
犬の散歩をする人や、赤ちゃん連れのママが楽しそうに笑っているのどかな場所。
そこで山元さんはポケットから取り出したタバコに火を着けた。
「...で、どうしたんだ?」
「...え、」
「何かあったんだろう?例の恋人か?」
「な、何言って...!何もないですよ!」
「嘘つくな。お前のバカな方の上司は誤魔化せても俺は無理だぞ。営業ってのは人の顔見て仕事してるんだ。最近おかしいのはとっくに気付いている。」
「...っ、それは...」
「これ以上仕事に支障が出るのは困る。だから悩みがあるなら話してみろ。どうせ俺は期間限定の上司だ。お前の悩みなんてすぐに忘れるからな。」
山元さんは気付いていたんだ。
俺が自分を作っていたことを。
主任には話したくないと思っていたけど、何故か山元さんになら話してもいいかと思ったのは何故だろう?
「...この前、その...付き合ってる人が...」
恋人が『男』であることを伏せて、俺はポツリポツリと話し出した。
パン屋で二人を見たこと、バス停で車から二人が降りたこと、いつも仕事で忙しいと言っていたこと、それまでは喧嘩もなく順調だったと思っていたこと...
一通り俺が話し切るまで、山元さんは煙を吐く以外せず俺の話を聞いてくれた。
その感じが、まだダッチーを諦められなかった頃に話を聞いてくれた暁斗さんと似ていて、無意識に涙が流れ出す。
「...それで浮気を疑っている、と?」
「っ、はい... 」
「お前の浮気はどこからが浮気なんだ?」
「え... ?」
「一緒に居たら?車に乗せたら?」
「そ... れは...」
「もし今、お前の恋人が俺とお前を見たら?それを浮気だと言われたら?」
「......」
「...俺はまだ浮気だと認めるには早いと思うぞ。」
山元さんは吸い殻を携帯灰皿にしまい、俺にそう言った。
その言葉は俺の欲しかった言葉ではなかった。
『そうなんだ』『辛かったね』『大丈夫?』
そんな慰めの言葉をどこかで期待していたのに、山元さんから出たのは浮気を否定する言葉。
でもそれはやっぱり俺の中にすんなりと入ってきて、だんだんと冷静を取り戻すのが分かった。
一緒に居るだけで浮気、車に乗せただけで浮気、俺が見て聞いた会話の中で、『好き』とか『愛してる』とか、そんな言葉は何処にも無かった。
ただ日常的に車に乗せている、そのことだけは分かったけれど、それが浮気だと決めつけるには確かに早すぎるんじゃないか。
「じゃあ...俺のこと...まだ好きなのかな...?」
「それは知らん。俺はお前の恋人じゃないからな。」
「...聞いてみてもいいのかな、その人のこと...」
「いいんじゃないか?今まで言わなかったのは理由があるかもしれない。お前からきっかけを作れば話してくれるかもしれないな。」
ーーー俺はなんで暁斗さんに何も聞かずに一人でウジウジしてたんだ?
山元さんの言う通りじゃないか。
暁斗さんが話さないなら聞いてみればいい。
あれだけで浮気だと言うのは俺の早とちりだろう。
「...ありがとうございます!俺、話してみます!」
「仕事はちゃんとしろよ?」
「あっ、はい!!」
「...もしまた何かあったら一人で悩む前に相談しろ。期間限定だが俺も一応お前の上司だからな。」
「へへ、ありがとうございますっ」
モヤモヤが晴れた俺はその場で暁斗さんにメッセージを送った。
『今夜行くね』
そう一言だけ、早く会って話をしたい、という思いを込めて。
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