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スッキリした俺は今まで進まなかった仕事を猛スピードで片付け、定時で会社を出た。 一昨日は回り道したけど、今日はあのパン屋の横を通ることなんて気にならなくて、最短ルートで暁斗さんのマンションを目指す。 「暁斗さんっ!!」 内鍵の開いているドアを開け、靴を脱ぎ捨てリビングに向かうと、オフモードの暁斗さんがソファーに座って微笑んでいた。 メッセージを送ったあと、お昼休みに返信が来ていたことに気付いた俺はすぐに確認した。 『体調は大丈夫?今日は休みだよ』 そして体調が悪いと言ったことと昨日のメッセージに返信をしなかったことをやっと思い出し、焦って暁斗さんに電話したんだ。 電話越しの暁斗さんはいつもと変わらない優しい声で『響くん?』って俺の名前を呼んで、その声にホッとした俺。 一昨日のことを謝って、それから今日は定時で帰るからって伝えて電話を切った。 『会いたくない』そう思っていたはずなのに、山元さんと話してからは早く会いたくて仕方ない。 俺ってほんと単純な人間なんだ、そう思った。 「おかえり、響くん」 「...ただいまっ。昨日はごめん、俺...」 「もう平気?無理してない?」 「うん。多分寝不足...かな、」 「そっか。ならいいけど...」 暁斗さんは両手を広げて俺を見た。 それは『おいで』の合図で、迷わずそこに飛び込んだ。 約一週間ぶりの暁斗さんの体温と匂いが感じられるその場所は、大好きな場所。 目一杯暁斗さんに抱き締められてから、俺は『松原』という人のことを聞こうと決めた。 「あ、暁斗さん...あのさ...っ」 「ん?どうした?」 「あの...その...、」 ぐううう..... 俺が聞こうとした時、タイミングが悪いというか空気が読めない俺の腹の虫が鳴った。 悩んでいたときは全然食欲がなかったのに、山元さんと話をしてモヤモヤが無くなってからお昼を食べ損ねて、暁斗さんに会ってホッとした途端お腹が空くだなんて。 ...恥ずかしくてうつ向くしかない。最悪だ。 「はは、お腹空いてた?ごめんね。温めるだけだからちょっと待って?」 「うう...」 暁斗さんは笑いながらキッチンに向かい、用意してくれていた手料理を温め直してくれた。 ...腹が減っては戦は出来ぬ、だよな。 とりあえずご飯食べてから話をしよう。 食欲に負けた俺は暁斗さんのご飯をペロリと平らげ、食後のコーヒーも飲んで、いつもの流れでお風呂に入り...... (ヤバイ、完全にタイミング失った!!) ベッドに寝転ぶまで話をすることを忘れていた。 ベッドに居るってことは、ほぼほぼこのあとどうなるのか先が読める訳で、そうなったら話をするどころじゃなくなってしまう。 暁斗さんは一服してくるって言ってたから、きっとキッチンの換気扇の下。 そこから戻ってきたら、すぐに話そう。 そうじゃなきゃきっと...うん、話せなくなる。 「お待たせ、響くん」 「あああっ暁斗さん!」 「ん?」 「その、俺、暁斗さんに聞きたいことが...っ」 「聞きたいこと?なに?」 一服から戻ってきた暁斗さんは、首を傾げてから俺の横に寝転んだ。 そして自然に暁斗さんの腕が俺の頭の下に入り、腕枕の体勢になる。 「えっと、あの...」 「うん、」 「この前...っ、...ちょ、暁斗さんっ、近いっ」 「気にしないで話して?俺は響くん補充中。」 「話してって...!む、無理っ、ひゃ、」 ふわっと香るブルーベリーの匂いとシャンプーの匂いを纏った暁斗さんが、俺の頬や耳、首筋に小さくキスを落としてきた。 そんなことされて、『あの人は誰?』なんて聞くのは無理だ。無理に決まってる。 でも今聞かなきゃまた悩んでしまう気がするし... 「ひーびき。」 「あっ、」 「もう待ちきれないから、先に響のこと食べちゃっていい?」 「んっんん!」 首筋を強く吸い上げられ、それと同時に俺の身体は甘い誘いに蜜を出し始める。 (...次会ったとき、ちゃんと聞こう...それでもいいよね...?) 暁斗さんの唇が俺の唇と重なる頃には、もうこの先のことしか頭に無くて。 俺は夢中になって暁斗さんの舌に自分の舌を絡めたのだった。

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