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「山元さん、おはようございますっ!」
「...おはよう。えらく元気がいいな?話はできたのか?」
「あ、あははは...」
「...お前...してないんだな?」
「えーと、その、タイミングが...」
「はぁ。どうせ流されてヤッてまた今度でいいか、とか考えているんだろう?」
「えっ!?なんで!?」
「首。ギリギリ隠れるかもしれないが気を付けろよ。」
「へ!?!?」
まさか!と思いトイレに走り鏡を見ると、確かに服で隠れるかどうかって位置に赤い跡が残っていた。
それは暁斗さんが付けたであろうキスマークで、いつもなら絶対見えない位置に付けるのに、と焦る俺。
朝一番で山元さんに挨拶をしたのに、これが見つかるとは思ってなかったし、結局見破られてるし...
でも気持ちは上向きだ。
暁斗さんには次にあったら話をすればいい。
今俺がやるべきことは、自分の仕事をしっかり仕上げること.....。
そう思い次の休みまで仕事に集中し、休みの前日の夜は暁斗さんの部屋に行き、話すタイミングを失ってはまたエッチに流れ込み翌日キスマークを山元さんに指摘される...
そんな日々が続くうちにあっという間に月末を迎え、そして無事にクリファンの仕事は落ち着いた。
それと同時に俺の中に住み着いていた『松原』という人の存在も薄れていき、暁斗さんに聞かなきゃいけないという気持ちも無くなっていってしまったのだ。
*****
「んーーっ!久しぶりの定時っ!」
4月1日、その日は特に急ぎの仕事もなく定時で上がり。
千裕くんと主任に手を振り会社を出た俺は、暁斗さんのマンションに向かっていた。
今日は休み前じゃないけど、せっかくの定時上がりだしと思い、連絡無しのサプライズ訪問だ。
いつでもおいでって言われてるし、何より俺が暁斗さんに会いたくて仕方ない気分だからそうすることにしたんだ。
でもきっと暁斗さんの帰りは遅い。
急ぐ必要はないし、今日は天気もいいから回り道でもしようかな...そう思って俺は公園のある道を選び、ゆっくり歩くことにした。
バス停が見えた頃、ふと前に見た光景を思い出したけれど今日は時間も早いしそこには誰も居ない。
...ほら、考えすぎだったんだ。
あれはたまたま、暁斗さんは浮気なんかしない。
俺の早とちりだったんだ。
そう思うと足取りは軽くなり、思っていたよりも早く暁斗さんのマンションに着いた。
「やっぱり居ないよねー...」
合鍵を使って入った暁斗さんの部屋には誰も居ない。
当たり前か、車も無かったんだし。
ぽすん、とソファーにもたれて、数時間後に帰ってくる暁斗さんの顔を思い浮かべる。
約束してなかった俺がここにいたら、驚くかなぁ?喜んでくれるかなぁ?
「ふふ...早く帰ってこないかなぁ...。あ、そうだ...!」
気持ちに余裕があるからか、待つ時間も楽しく感じてしまう。
どうせサプライズをするなら、靴も隠して驚かせてやろう。
靴箱に靴を入れ、ニヤリと笑う俺は驚く暁斗さんの顔を想像し、ソファーにぽすん、と腰掛けた。
「ん?...これなんだ?」
そんな俺の足元でキラリと光るモノが視界に入った。
ソファーの下にあったそれを拾い、手のひらにのせてジッと見る。
「...ピアス?」
それはシルバーのピアス。
キャッチが着いていないそれは、ここで誰かが落としたと考えるのが普通だろう。
でも俺も暁斗さんもピアスはしていないし、そのピアスは見るからに男が付けるには派手に輝くモノで、さっきまでの浮かれた自分の顔が一瞬にして青ざめるのが分かった。
ここに、暁斗さんと俺以外の人が入った。
そういうことだろう?
じゃあ誰が?いつここに?
「...松原.....?」
思い浮かぶのはただ一人。
暁斗さんと一緒に居るのを見た、あの女。
「...いやっ、違う、何か理由があったんだよきっと...三木さんみたいにトイレ借りたとか...」
頭の中を過った最悪の展開を掻き消すように、俺は自分に言い聞かす。
何もない、暁斗さんは浮気なんかしない、そう信じたくて。
その時、玄関の扉の向こうで足音がした。
それは一つじゃなくて二つ、話し声と共にこちらに向かってくる音。
「...暁斗さん?...まさか...っ!」
どんどん近付く足音と声。
どうしよう、もし暁斗さんだったら...?
よく考えたら、合鍵を持った俺がここに居てもおかしくないのに、俺は見つかってはいけない、そう思ってとっさにベランダに身を潜めた。
俺がベランダに移動したのと同時に玄関の扉が開く音がし、中に人が入ってくる気配を感じ、バクバクと心臓が鳴り響く。
「ったく、早く探せよ」
「はぁい...えーっと、確かソファーの方に...」
「テーブルは?」
「...あ!ありました!はぁ、よかったぁ。」
窓越しに聞こえる会話は、紛れもなく暁斗さんとあの日聞いた『松原』の声。
高い女の子らしい声がよかったを連呼し、探し物が見つかったことが俺に伝わる。
きっとその探し物は俺がさっき見つけたピアスだろう。
だってそれを俺はテーブルの上に置いたのだから。
...暁斗さんが仕事で使うであろう、書類が置きっぱなしになっていたテーブルの上に、さっき確かに置いたんだ。
「ほら、見つかったなら早く行くぞ」
「あっはい!...これが見つかったら、大変ですもんね...」
「当たり前だろ。見つからないように隠してるんだから。...多分今日は来ないだろうからいいけど、時間的にマズいから急げよ」
「はいっ!」
バタバタと二つの足音が玄関に向かい、バタンと扉の閉まる音とガチャリと鍵の閉まる音がした時、俺はベランダで動けずにいた。
『見つかったら大変』
...それは恐らくあのピアスのこと。
『見つからないように隠してる』
...それは暁斗さんと松原の関係、
『今日は来ないだろうから』
『時間的にマズイ』
...それはきっと俺のことだよな...?
「...暁斗さん......っ、」
信じていたのに。
暁斗さんは俺だけが好きだって信じてたのに。
あの言葉を聞いて、暁斗さんをどう信じたらいい?
俺に隠し事をしていることを知った俺はどうしたらいい?
もうダメだ。
俺の中で何か大切なものが崩れ落ちる音がした。
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