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Side AKITO
今、響くんは何て言った.....?
俺の背中に顔を押し付けて、細い腕を腰に回して...
こんなに近くに居るのに、震えた声は遠くの方に消えそうなほど小さかった。
「......ひ、びき...くん...?」
「...最後は、ちゃんと会って話したかったから...鍵、テーブルに置いてある...」
「そうじゃなくて...!待って、ちゃんと話そう。俺の話聞いて!」
回された腕を掴み、『逃がさない』と言わんばかりに振り返ると、俯いたまま全身を小刻みに震わす愛しい人の姿がそこにあった。
「... 響くん、顔見せて... 」
「... や、だ... っ、」
「俺の話聞いて、目を見て話そう?」
「... やだっ!」
響くんが俺の手を振り払い、一歩後退る。
その時やっと見れた響くんの顔は、今まで見たこともないくらいに涙でぐちゃぐちゃだった。
「...暁斗さんの嘘つき...っ」
追いかけなきゃ、今すぐ追いかけてその涙を拭いてあげなきゃ...
それなのに俺の足は動かなかった。
バタン、と音を立てて閉じた扉をただ見つめることしかできない俺は、響くんの『嘘つき』の言葉が頭から離れなかった。
「......っ、くそ...!」
『嘘つき』
それはまさに俺のこと。
響くんを追いかける資格がないことを、自分が一番分かっているからこそ身体は動かなかった。
愛しい人を傷付けることも、泣かせてしまう可能性も、こうなる前から覚悟していたのに。
「あんなお願い...聞けるわけない...」
それでも響くんを手放したくないと思うのは、響くんに嘘をついて隠し事をしているズルい俺の身勝手な我が儘。
例えそれが響くんの『お願い』だとしても、頷きたくない。
でも今の俺が何を言っても、きっと響くんに届かない。
そうなったのは全部自分のせいなのに、行き場の無い感情が渦を巻いた。
*****
その日から響くんは一度も俺の前に姿を見せず、そして毎日送るメッセージにも返事をすることはなかった。
「暁斗、」
「...弥生...」
「...何があった?」
「......響くんは、元気?」
「元気。...を、必死に取り繕ってる。無理して笑って、俺にも千裕にも何も言わない。なぁ、お前ら何があったんだ?」
響くんと連絡が取れない、そうなった時に一番に頼ったのは上司である弥生だった。
同じ職場で響くんを見れる弥生は、兄弟であり親友のような存在。
こんなときに頼るなんて情けないけれど、今響くんがどうしているのか知りたくてどうしようもなかった。
「...響くんに、別れようって言われた。」
「は...?っ、なんで!?」
「俺が響くんに隠し事をしてたから。...それも、絶対バレないだろうって自信があったことを。」
「隠し事?お前が響に?」
「...馬鹿だよなぁ。響くんのことを考えてたはずなのに、なんでこうなることを予想出来なかったのか...」
弥生を頼った俺が『会いたい』と連絡をすると、それを待っていたかのように弥生はウチに来た。
夜中だろうと早朝だろうとすぐに行動を起こすコイツはブラコンかと心配になるレベル。
でも今日はそれが素直に有り難いと思えた。
『4月10日』、それは俺が響くんに日付を指定して会って欲しいと頼んだ日。
俺が響くんと一緒に居たくて、そして全てを打ち明けようと決めた日だった。
「...実はさ、」
会いたい、会いたい、会いたい。
本当は今日、会って響くんに話したいことがあった。
どうしても今日、響くんに一緒に居て欲しかった。
いくら願ってももう遅い、分かっていても奇跡が起きるんじゃないか、そう思って弥生に全てを話したとき、時計の針は0時を回り、日付は『4月11日』に変わった。
「...馬鹿だな、お前。」
「...うん。」
「昔から器用なくせに、大事なところで下手する所、変わらない。」
「...うるさい。」
「いつまでも兄貴に面倒かける所も変わらないな。」
「兄貴面すんな。...もう日付変わったから同い年だろ。」
「ああそっか。...誕生日、おめでとう。」
「...どーも。」
4月10日、それは弥生が生まれた日。
そして日付が変わってすぐ、4月11日に俺が生まれた。
数時間しか差のない誕生日、そのくせ出会った時からやけに『兄』と言いたがる弥生。
俺が28歳最後の日に響くんに伝えようとしたこと、それは結局出来ないまま日付が変わり、俺は29歳の誕生日を迎えた。
真っ暗な部屋のソファーに、認めたくないけれど『兄』の弥生と並んで座り、世話焼きな弥生は朝方帰るまでずっと俺の話を聞いてくれた。
「なぁ暁斗」
「ん...?」
「諦めるな。響のこと、絶対に。いつか全部話せる時が来る。だから諦めるな。」
「...うん。」
帰り際、そう言った弥生は子供をあやすように俺の頭を撫でた。
Side AKITO end
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