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「響、付き合え。」
「えっ。いやっ、ちょ!?」
「いいから。」
会社に着いた俺は、待ち伏せするかのようにエレベーターの前で立っていた主任に腕を掴まれる。
山元さんと一緒にここまで来たはずなのに、その姿は一瞬で消えていて、周りの社員が驚いた顔をして俺と主任を見る中でなんだか最近よく腕を掴まれるなぁ、なんて考えていた。
主任の向かう先なんて一つしかなくて、あの煙たい喫煙所に入るとため息が出てしまう。
「お前、俺に話すこと無いの?」
二人きりになった途端、主任は低い声でそう言った。
...ああ、俺が暁斗さんに別れようって言ったこと、バレちゃったんだ。
『話すこと』と言われて思い当たることはたった一つしかない。
「...別に」
だけどそれを俺が主任に話さなきゃいけない理由は何処にも無い。
だってあれは俺と暁斗さんとの問題で、いくら世話になった、とは言っても二人の問題にそこまで主任が首を出すことないだろう?
だから俺はそう答えた。
「... あっそ。俺には言わないってことか。」
「......」
「俺も千裕もお前らのこと、心配してたんだけど?」
「......」
「おい、なんか言えよ...!」
黙りの俺に主任は明らかに苛立っていた。
心配かけていたことはうっすら気付いてる。
暁斗さんと付き合う前も付き合った後も、二人には頼ったし助けてもらった。
暁斗さんが主任になんて言ったのかは知らないけれど、別れたと言えば更に心配するに決まってる。
「...主任には、関係ない...」
「はぁ!?関係ない?」
「俺と暁斗さんの問題...だから...」
「今更だろ?なんで相談しなかった?悩んでたんだろ?相談してくれてれば別れることなんかなかったのに...!」
「っ、そんなこと...!!」
声を荒げた主任は、バン!と壁を叩いた。
相談して、暁斗さんが悪いって分かったら主任はどうしてた?
二人は兄弟なのに、俺のせいで親友みたいなあの関係が崩れたら?
そんなの嫌だ。
千裕くんだって暁斗さんと顔を会わすのに、気まずくなったら嫌だ。
全部話さなきゃいけないなんて、嫌だ...。
「朝から元気だな。」
いつも誰も入ってこない喫煙所の扉が開くと、少し前に姿を消したはずの山元さんが居た。
タバコの匂いがどうこう言ったはずなのに、ポケットからタバコを取り出した山元さんは固まる俺たちを横目に火を着ける。
「......今、話し中なんですけど...?空気読んでもらえませんかね?」
「俺には関係ない。ここは会社の喫煙所。二人で話したいなら何処か別の場所ですればいい。」
「...っ、」
「それに仕事とは関係のない話だろう?ならば尚更だ。なぁ、筒尾?」
「あ...え...っと...」
なんでこんなときに山元さんが?
タイミングが悪い、悪すぎる。
主任はイライラしてるのに、それに油を注ぐような山元さんの口調はマズイに決まってるのに...。
「...あんたには関係ないでしょ...。響、行くぞ。」
「えっ!?主任!?」
「関係ない、か。少なくともお前よりは知っていると思うが...。まぁいい。筒尾、また後で。」
「あっ、はいっ!」
喫煙所を出る主任の後を着いていくしかなくて、俺はチラリと山元さんを見て頭を下げた。
一応会社だし上司だし、そう思ってしたことだけど、それは苛立った主任をますますイラつかせてしまう。
『二人で話せる場所』なんて会社の中にはあるようで無くて、始業時間はとっくに過ぎてるっていうのに主任は会社の外に出る。
これじゃサボり、言い訳もできないサボり...
午前中は営業の応援に行かなきゃいけないのに、こんなことしてちゃダメなのに...
「あの!俺営業の応援に...」
「うるさい」
「いやでも...っ!仕事中だし、それに...」
「うるさいっつってんだよ!何なんだよお前、暁斗のことはどうでもいいのかよ!?」
「っ、どうでもいいとかじゃなくて...っ」
「好きなんじゃねぇのかよ!?大切なんじゃねぇのかよ!!」
「...それは、」
「仕事と暁斗、どっちが大事なんだよ!!お前は暁斗のことちゃんと考えてたのかよ!!」
道のど真ん中だと言うのに大声を出す主任。
端から見たら、俺たちが揉めてるって一目で分かる状況。
どうにかしなきゃいけない、だってこんなところで目立ったら恥ずかしい。
そう分かっているのに、そんなこと言われたら俺の頭にも血が上る。
「...考えてたよ...っ!考えてるに決まってる!でも暁斗さんも忙しいから俺もその間仕事頑張ろうって思ったんだよ!!」
「はぁ!?じゃあなんで会いに行かなくなったんだよ!なんで止めたんだよ!?」
「疲れてると思ったから!毎日会わなくてもたまに会えたら幸せだと思ったから!!」
「それはお前の都合だろ!?暁斗が同じこと思ってるって思ってたのか!?」
「そうだよ!!暁斗さんだって一緒の気持ちだと思ってたんだよ!!」
毎日会わなくても、毎日連絡しなくても、俺たちは大丈夫
そう思ってた。
仕事は大切だし、忙しいのも仕方ない。
顔を見れない日が続いても、たまに会えたときは時間の許す限り愛し合ったし幸せだと思ってた。
言葉にしなくても、俺たちは通じあってる、確かにそう思ってたんだ。
「暁斗はそう言ったのか?なぁ、言ったのか?」
「そ、それはっ」
「暁斗が悩んでたの知ってるか?」
「悩んでた...?」
「お前のことばっか考えて、出張から帰った日もお前が居ないことに傷ついてたこと、知ってるのか?」
「.......え...、」
「お前は何も暁斗のこと、何も分かってない。自分の気持ちを暁斗と同じだって決めつけてるだけだ。」
だけど主任の口から出た言葉は、俺の思っていたこととは正反対のことだった。
暁斗さんが悩んでた、暁斗さんが傷ついていた...?
『松原』のことで悩んで傷ついたのは俺なのに、暁斗さんはそれより前に俺の言葉と行動のせいで悩んで傷ついてたの...?
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