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「そこまで。」 主任の言葉か胸に突き刺さり、目に涙が滲んだとき、急に視界が塞がれた。 「いい大人がこんな場所で何をしている?」 俺の目元を覆うのは、この声の持ち主...山元さんの手のひら。 「全く...。恥ずかしいとは思わないのか?京極。」 「...関係ないっつっただろ」 「関係ないことはない。さっきも言ったがお前よりこちら側のことは知っている。」 「は...?どういうこと?」 「言葉通りだ。それより早く戻れ。注目の的になりたいのか?」 「っ、おい山元!お前なんで響のこと!」 「キャンキャンうるさいな。そんなに吠えるな。」 山元さんの手のひらが滲んだ涙を拭き取ってくれて、俺の視界が晴れると、そこには人だかりが出来つつあった。 山元さんが来てくれなかったら、止めてくれなかったら、きっと本当に注目の的。 会話の内容だって丸聞こえだ。 主任もやっと少し冷静を取り戻すと、マズイと思ったのか会社の方に歩きだし、俺たちは始業時間を大幅に超えてから自分の部署に戻った。 ***** あんなことがあってから、俺と主任の間ではギスギスした空気が流れていて、正直デザイン部の居心地は最悪だった。 始業時間を過ぎていたから、幸い会社の人に俺たちの会話を聞かれるってことはなかったけれど、雰囲気で周りには『何かあった』と察知されてもおかしくない、そんな悪い雰囲気。 それに増して俺の心境はと言えば、もう何が何だか分からなくてぐちゃぐちゃだった。 暁斗さんが悩んでた 暁斗を傷つけた 自分じゃ気付かなかったその二つのこと。 もしそれが原因で暁斗さんと松原が関わってしまったとしたら? ...それはもう暁斗さんのせいじゃなくて、俺のせい。 暁斗さんと会えない間、仕事を頑張ろうって思った。 応援に行って悔しい思いをして、そしてやる気になって、新しく覚えることが楽しくて夢中になった。 でもそれと引き替えに俺が暁斗さんの部屋に行く回数はどうなった? 暁斗さんが話していた研修旅行の話を覚えていた? 帰ってくる日はいつだった? 俺はその日、何をしていた...? 『一番大切な人の存在は忘れちゃダメ』 いつか屋上で千裕くんが俺に言った言葉、それはこうなることを心配して掛けてくれた言葉だったのかもしれない。 主任みたいにストレートな世話焼きじゃないけれど、千裕くんも俺と暁斗さんのことを近くで見ていてくれた。 そんな人の言葉を理解しようともせずに今の今まで忘れていた自分は胸を張って暁斗さんが一番だと言うことなんて出来やしない。 俺は無意識のうちに会えないことを仕事のせいにして、その仕事に夢中になっていたんだ...。 (全部、俺のせいだ.....っ!) こうなってしまったのは、他でもなく自分のせい。 自業自得だったんだ。 後悔してももう戻れない。 本当に大切なら、会えないじゃなくて会いに行けば良かった。 本当に大切なら、話を聞かなきゃだめだった。 本当に大切なら、その手を離しちゃいけなかった。 今更気付いたことは、全部俺がそう出来なかったことばかり。 『松原』の存在を気にしすぎて、最後は暁斗さんの話すら聞こうとしなかった。 自分だけが悲劇のヒロイン気取りで、暁斗さんの言いたかったことなんて『言い訳』だと決めつけていた。 暁斗さんはあのとき何を言おうとしたんだろう...? 後悔しても遅いのに。 もう手遅れなのに。 頭の中に浮かんだのは、最後に見た暁斗さんの顔だった。

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