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ーーーーーーー ーーーー 「筒尾」 「......」 「おい、筒尾」 「...え?」 「...打ち合わせ、行くぞ。」 暁斗さんを傷つけ悩ましていたのは自分、そう分かってからの俺はまた食べず眠れずの生活を送っていた。 『悲しい』とか『さみしい』とか、そんな自分中心のことを考えてるんじゃなくて、今は暁斗さんに謝りたくて、そして話を聞きたくて、あの日に戻りたくて...『後悔』ばかりしていた。 だから仕事もミスだらけだし、主任とは会話してないし、千裕くんも多分俺を避けている。 切り替えようにもその方法が分からない俺は、いつまでも引きずっていた。 「あ、えと...書類...」 「もう用意してある。先方は到着済みだ。」 「すいません...」 「今日はクリスタルファンタジーの広告の打ち合わせだ。忘れてないだろうがお前がしっかりしてくれないと困る。」 「はい...」 山元さんの背中を見ながら打ち合わせで使う会議室に向かう。 クリファンの絡んだ営業なら絶対やりたい!と意気込んでいたはずなのに、そのことも忘れてしまっていた。 あれだけ夢中になって仕上げたキャラクターなのに、それを見るだけで罪悪感に襲われるだなんて、俺は本当にどうかしてる...。 せめて山元さんや他のスタッフに迷惑かけないように、打ち合わせはちゃんとしよう。 気持ちを今だけ切り替えるんだ。 頬をパチン、と叩いて『目を覚ませ』と自分を励ます俺。 そうこうしていれば会議室は目の前で、山元さんの足が止まった。 「...筒尾。これは仕事だ。」 「え?あ、はい。」 「プライベートじゃない。ここは会社、会議室、売り込みの仕事だ。」 「...?」 「そのことだけ、忘れるな。」 「...はい...?」 よく意味の分からないことを言った山元さんは、コンコンと会議室の扉をノックした。 「はい」 会議室の中から聞こえた、たった一言、その声が俺の身体を固まらせる。 キィ、と音を立てながらゆっくり開く扉の先には、俺の会いたくて仕方なかった...だけど会うことなんて無いと思っていた人が座っている。 「お待たせしてすいません。営業部の山元と申します。」 「いえ、こちらが早く着き過ぎてしまって...こちらこそすいませんでした。クリスタルファンタジーの企画を担当しています、京極です。よろしくお願いします。」 その声も、その姿も、よく知っていて近くで何度も見て聞いているのに、すごく遠いところにいるように、暁斗さんは微笑んだ。 「おい、筒尾...」 「っ、あ、えと、」 「...お久しぶりですね。筒尾さんは初期の頃何度か一緒に打ち合わせをしていまして...」 「そうでしたか...。実は最近こちらで仕事を学んでおりまして、今回は自分のデザインしたものだから是非と意気込んでおりまして...なぁ、筒尾」 「は、はい...っ、」 「そうなんですね。では早速始めましょうか。」 『響くん』 そう呼んでくれていたはずなのに、目の前の暁斗さんはもうそうは呼んでくれない。 当たり前のことなのに、それが辛くて泣きそうになるのをぐっと堪える。 山元さんは、この人が俺の恋人だったと気付いているのだろうか? 暁斗さん、そう何度か口には出したけれど、顔は知らないし会ったこともないはずだ。 「筒尾さん?」 「あっ、はい!始めます!」 「...お願いします。」 ここは会社の会議室。 俺は仕事中、プライベートじゃない。 山元さんの言葉を思い出し、必死に説明したけれど、自分でも何を言ってるのか分からないほどそれは酷かった。 きっと山元さんは何度も止めに入りたくなっただろう、だけど何も言わずに俺の言葉を聞いてくれた。 暁斗さんはその間、ずっと俺の目を見ていた。 別れた元恋人の俺なのか、それとも仕事中にたまたま打ち合わせた俺なのか、どちらか分からないけれど...。 「...以上、です...」 「はい、分かりました。ありがとうございます。」 どれだけ喋っていたのか分からないけれど、一通り説明したあと、俺の口の中はカラッカラに渇いていた。 息継ぎもうまく出来てなかった気がするし、本当に話せていたのかも心配になるほど。 でも、暁斗さんはまた微笑んでいた。 「筒尾さんの考えて頂いた内容で大丈夫です。こちらもそのように手配します。」 「ありがとうございます。一応広告のデザイン画も用意しているのですが...」 「仕事が早いんですね、是非拝見したいです。」 「...っと、失礼。持ってくるのを忘れたようで...すいません、取りに行ってきます。すぐに戻るのでこのままお待ち頂けますか?」 「ええ、大丈夫ですよ。」 デザイン画...?なんのことだ?俺はそんなのやってないけれど、誰かが用意していたのか? そう思っていると、山元さんは俺と暁斗さんを部屋に残して会議室を出ていった。 偶然なのか、わざとなのか、それは分からないけれど、暁斗さんと二人きりというこの状況は気まずくてどうしようもなくて、お互い言葉を発することなくしばらく沈黙が続いた。 何か話そうにも何を話したらいいのか分からない。 今度もし会うことができたなら、話すことができたなら、俺がしたことを謝って暁斗さんの言いたかったことを教えてほしいって思っていたはずなのに... そんな沈黙を破ったのは、俺ではなくて暁斗さんだった。

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