130 / 170

6-11

この日もご飯に味噌汁、目玉焼きにソーセージ、サラダにヨーグルトという少食の俺にはキツイ量が盛られた朝食が用意されていた。 山元さんの家はとても広い。 広くて古い、『昔がら』の家で、一人暮らしをしているらしい。 出来れば徒歩通勤したかったという山元さんが住む場所を探していたとき、偶然ここを見つけたらしく、中古の一軒家を購入したと聞いたときは驚いた。 借りるじゃなくて買う、そのことにも驚いたけれど、言っちゃ悪いけどとてもきれいとは言えないこの家を、通勤時間が短く徒歩で通えるからって理由だけで買っちゃうところにびっくりしたんだ。 とは言っても、何度か訪れるうちにここは懐かしい空気を感じて、居心地が良くなっていた。 畳の匂いとか、たまに軋む廊下とか、『夏休みに行ったおじいちゃんおばあちゃんの家』って感じのするこの家。 それは暁斗さんのマンションとは全く違う居心地の良さだった。 「筒尾、次の日曜日は休みだったな?」 「日曜日?あ、はい。山元さんもですよね?」 「ああ。予定があって休みにしてある。」 「ふーん?山元さんに予定って珍しいですね。あ、デートとか?」 「違う。」 「...即答しなくても。」 山元さんの作ってくれた朝ごはんを食べながら、仕事以外の話をすることも増えた。 夜は決まって俺はフラフラだからそんな余裕が無くて、だけどしっかり眠ったあと、朝ごはんの時間だけは元気だから。 仕事の話は会社でしかしない、そう決めているのか山元さんからはプライベートの話ばかりで、山元さんの趣味とか好きなテレビ番組とか、好きな食べ物とか嫌いな食べ物とか、誕生日がいつだとか、暁斗さんとはしなかった会話ばかり。 それが意外で、会社の人は知らないようなことを知る度に『山元主任』じゃなくて『山元陣』を知れたような気がして、悪い気はしなかった。 「予定はあるのか?」 「へ?」 「日曜日。予定はあるのか?」 「や...特には...」 「そうか。なら空けておけ。」 「はい。...って、え!?なんで!?」 「俺の予定に付き合ってもらう。予定が無いならお前に拒否権はない。いいな?」 だけどやっぱり山元さんはよく分からない人。 日曜日のことは詳しくは教えてくれなくて、俺は断ることもできなくて、結局その予定とやらに付き合うことになった。 ***** 「え...あの...や、山元さん...?」 「黒は似合わないな。ネイビーも違うし...いっそグレーはどうだ?」 「いや、あの、そんなことより...」 「ネクタイはスーツが決まってからだ。」 「ち、違う!そうじゃなくて!!!」 迎えた日曜日、朝早くから出掛けると言った山元さんは前日の土曜日の夜から俺を自宅に招いた。 もう抵抗もなく山元さんの腕の中に収まって、朝目覚めると山元さんはいつもと違うスーツ姿で休みなのに髪もセット済み。 一体何処に行くの!?と聞いてもことごとく無視されて、俺は初めて山元さんの車に乗せられて今に至るんだけど... その場所に俺は緊張で震えていた。 山元さんの荒い運転で死ぬ思いをした余韻が残ってるのかもしれない、だけどそれ以上にこのきらびやかなフィッティングルームでお高いスーツをあれこれ着せられている状況に震えていた。 「...まぁ、それでいいか。」 「いやっ意味が分かりません!!」 「シャツはそのまま、ネクタイは...ああ、それにしよう」 「ねぇ山元さん!!説明!説明して!!」 俺が何度か暁斗さんの部屋で見た、あのお高いブランドのロゴが入ったスーツ。 スーツだけじゃない、シャツもネクタイも、この店にあるもの全てにロゴが入っている。 ...つまりここは普通の服屋じゃなくて、あのブランドのお店。 山元さんはそこに堂々と、そして慣れた様子で入っていくと、『これに似合うスーツを』ってサラッと言ったんだ。 『これ』扱いされたことに怒る暇もなく俺はフィッティングルームに押し込まれ、そして何着かのスーツを着ては山元さんの前に立ち、『似合わない』『却下』『身長が足りない』とか散々文句をつけられた。 もちろん説明なんて一切なくて、グレーのスーツに身を包んだ俺を見て渋々納得したような顔した山元さんは、シャツとネクタイ、それと靴まで...上から下まであのブランドで揃えられた俺を連れて店を出た。 あ、会計は俺には無理な金額で青ざめた顔をしてたら、山元さんがカードで支払いをしてくれた。だから泥棒じゃない。泥棒じゃないけれど、あんな額を『一括で』って言っちゃう山元さんは本当に恐ろしかった。

ともだちにシェアしよう!