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そんな俺とは関係のないパーティーが始まって一時間、俺は疲れきって会場の隅にあったソファーで一休みしていた。
新婦は『綾小路マシュマロ』という容姿にぴったりの名前の恋愛小説家で、その関係者ときたら出版社の人間がほとんど。
だから山元さんはここぞとばかりに営業スマイルを炸裂し、あっちへこっちへ顔を出していた。
俺も初めはそれに付き合っていたけれど、空気に飲まれるというか、人の多さに疲れたというか、とにかく一息つきたくなって、逃げるようにここに座ったんだけど。
(...なんかすごいところに来たんだなぁ...)
見渡す限り、人、人、人。
主役がどこにいるのかも分からないような人混み。
それだけ新郎新婦を祝う人がいるってことなんだ。
オードブル形式で並ぶ料理は何処かの一流シェフが作ってるらしいし、飲み物もジュースからアルコールまですごい数が用意されていた。
何よりこの会場が華やかすぎて、一体いくらかけてるんだ?って考えてしまうほど。
山元さんは『嫁がすごいんだ』って言ってたけれど、そんな人と結婚した山元さんの元部下も相当すごいと思う。
(...ってか俺...何してるんだろ...。襲われかけたり知らない人のパーティーに参加したり...。)
一人になって冷静さを取り戻すと、自分が嫌になってきた。
ううん、なんだかもう全部がよく分からない。
暁斗さんのことも、山元さんのことも、自分がどうすればいいのかも、どうしたいのかも、悩みすぎて頭がおかしくなりそうで、そんなハッキリしているようでしていない自分にイライラする。
「うぅ~~~っ、もう無理ぃ...」
そう俺が自己嫌悪に陥っているときだった。
人混みを避けるように、フラフラと俺の座るソファーの方へ歩いてくる女の子。
酔っ払っているのか顔は真っ赤で、そのまま俺の隣に倒れるように座った。
「気持ち悪いぃ.......」
「...え、大丈夫ですか?」
「無理...本当に無理...吐きそう......っ」
「ちょ!?え!?ええ!?」
そして何故か俺の...というより山元さんが買ったスーツの裾を掴み、今にも吐きそう、という表情をした。
嘘だろ!?と思い周りを見渡してもこの女の子の連れのような人はおらず、ここで吐かれたらお高いスーツが台無しになってしまうと焦った俺は、この急に現れた酔っ払っいを支えながらトイレに連れて行くことになってしまった。
*****
「...ご迷惑をおかけしました...っ」
「いや、そんな...」
「本当に申し訳ないです...。」
トイレから戻ってきた女の子は、真っ赤な顔で俺に何度も頭を下げた。
一応心配だったから、会場には戻らずトイレの側で待ってたんだけど、この女の子...どこかで見たような気がする。
見れば見るほどそう思うのに、どこで見たのかが分からない。
声も聞き覚えがあるし、もしかしたら仕事絡みなのか?
「あの...重ね重ね申し訳ないのですが...」
「え?」
「その、連れ...上司とはぐれてしまって...。もしよかったら電話をお借りできないでしょうか...?」
「あ、はい...どうぞ。使い方分かりますか?」
「ありがとうございますっ!えーと...はいっ、大丈夫...」
「? どうかしました?」
「いっ!いえ!なんでも!お借りしますっ!」
...やっぱりこの声聞いたことある。
何処だったっけ?いつだったっけ?
少し離れたところで電話をする女の子を見ながら記憶を辿る。
あと少しで思い出しそうなのに、中々思い出せないのは何故だろう。
「電話、ありがとうございましたっ!」
「あっ...いえ。合流、できそうですか?」
「はい!もう少ししたらここに来てくれるそうです。」
「そっか。よかったです。それじゃあ俺はこれで...」
「ちょ!ちょっと待って!」
「はい?」
「あの...えと、よかったら...上司が来るまで、お話...しませんか?」
ああ、あれだ。
たまーに買い物に街に出たときに声をかけてくる女の子だ。
逆ナンってやつに何度か声をかけられた経験があるけれど、その女の子と似てるんだ。
...これは吐きそう、とか上司とはぐれた、とか、計算して言ってる嘘だな。
「あー...俺上司と来てて...待たせてるから。」
「だめ、ですか?」
「面倒な人なんだよ。ごめんね。」
心配して損した、やっぱり山元さんの側に居た方が良かったな、そう思って会場に戻ろうとしたときだった。
「松原っ!」
早足で俺と女の子の居る方向へ向かってくる一人の男性。
その人が放った声は、俺がよく知っている声。
声だけじゃない、この人のことを俺は知っている。
「京極さんっ」
「ったくお前は...飲み過ぎて吐くとか馬鹿か?人に迷惑かけて...」
「すいませんすいませんすいませんっ!!でもここのお酒美味しくて、つい...」
「ついじゃないだろ?....っと、すいません。ウチの部下がご迷惑をおかけしました。」
ーーー嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。
なんで?なんでここにいるの?
どうして?なんで暁斗さんが...?
声だけで『暁斗さんだ』と分かった俺は反射的に下を向いた。
そのせいか、暁斗さんはまだ俺だと気付いていないようで、深々と頭を下げてきた。
そして俺が逆ナンだと思ったこの女の子は、あの『松原』だったのだ。
俺はこの容姿と声ををパン屋で、バス停で、確かに聞いて覚えていたはずなのに、思い出せないのは忘れたいと強く思っていたから。
「...いえ...。じゃあ俺は、これで...」
離れたい、この場を一刻も早く離れたい。
『会いたい』と願った暁斗さん、だけどそれは松原と一緒にじゃない。
こんなタイミングで会うだなんて、神様まで意地悪だ。
やっぱり暁斗さんは松原と一緒に居るんだ。
上司、部下って言ったけれど、それも嘘なんでしょ?信じられるわけないよ。
二人が並ぶその光景に息が止まりそうになって、俺は一言そう言うと下を向いたままその場を立ち去ろうとした。
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