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シーンと静まり返った4人の空間。
松原は今にも泣きそうな顔をしてて、ダッチーはマズイって顔をしてて、暁斗さんは俯いていた。
「...な、なんか俺...変なこといった?」
「...安達先輩、私たちそんなんじゃないって...言いましたよね!?」
「で、でもさ!?もう前から噂になってるのに二人は一緒じゃん!?」
「それにはふかーーい理由があるんです!!そうですよね!?京極さん!!」
ダッチーは何も知らない。
俺が暁斗さんが好きなことを、暁斗さんと付き合っていたことを。
ただ親友の俺に偶然会って、この二人のことを教えてくれたつもりだったんだろう。
でも、どうせならちゃんと暁斗さんの口から聞きたかった。
目の前に居るのにダッチーから教えてもらうだなんて、タイミングが悪い。
...違うか。これはあの日ちゃんと話を聞かなかった俺への罰なのかな。
「...そ、うなんだ。知らなかったなぁ!でも本当にお似合いですね!」
なら、もう俺はそれを受け入れるしかない。
だって暁斗さんが何も言わないってことは、そういうことでしょ?
「羨ましいな、こんな可愛い子!ねぇダッチー!」
「え?あ?ああ...って俺には友美がいるんだけどな!」
「あ、そっか。ともちゃんも可愛いよね!」
「そうそう!」
「ねぇダッチー、久しぶりに会ったんだし一緒に飲もうよ。まだパーティーやってるでしょ?」
「いいな!いこいこ!二人の邪魔しちゃ悪いしな!」
だからもう、本当に本当に本当にこれが最後。
諦めなきゃいけない。暁斗さんはもう俺のモノじゃない。
暁斗さんを好きだった自分にさよならしなきゃいけない。
もう、この恋は終わったんだ。
「じゃあ、失礼します。」
「.......待って、響くん」
「...なんですか?もう話すことなんて...」
「それ、誰が付けた?」
「え?それって...?」
飲もう飲もう!と既に会場に向かって歩き出したダッチーを追いかけようとした俺が『最後の挨拶』をしようとしたとき、暁斗さんは俯いた顔を上げて俺を見た。
その手は首筋を触っていて、『それ』と言われた俺はハッとする。
俺の首筋、そこには今日山元さんが付けたキスマークがはっきりと残っている。
シャツのボタンを全部閉めれば隠せると思っていたけれど、確か会場が暑くてそのボタンをいくつか外していたんだっけ...?
「え...と、これは...っ、そのっ」
「...いいよ、隠さなくても。ああ、それともわざと見せてくれたのかな?」
「ち、ちがっ!これは冗談で...っ!」
「誤魔化さなくてもいいよ。...そっか、響くんは一人じゃないんだね。もう他の人を好きになれたんだね...。」
「っ、違う!!!俺は、俺はまだ...っ!」
「もういいって!」
首筋が、ズキンと痛む。
山元さんは『冗談』だと言った。
だからこれは何の意味も持たない。
俺は暁斗さんが浮気してるから、松原と付き合ってると思ったから別れを切り出しただけで、諦めなきゃいけないと思ったから諦めようとしただけで、山元さんを恋愛対象として好きとか思うことは一度もないのに。
でもこのキスマークが暁斗さんの顔を曇らせた。
別れを告げたあの日と同じ、悲しそうな顔をさせた。
なんで伝わらないの、なんで伝えられないの。
好きなのは暁斗さんだけなのに。
必死でその気持ちを消そうとしているのは俺なのに、なんでそんな顔をするの。
「...あの日、響くんに別れてって言われてからずっと...ずっと響くんのことを考えてたよ。泣いてないかな、眠れてるかな、ちゃんと食べてるかなって。俺が傷付けたことに変わりはないけれど、いつかちゃんと話をして、それからもう一度考え直して欲しいって思ってた。」
暁斗さんは、俺の目から視線を一度も逸らさない。
それだけ真剣なんだって伝わる。
だけど、俺が聞きたかったのは、話したかったのは、多分こんな話じゃない。
「別れたくない、響くんの側に居るのは...響くんに必要とされるのは俺だけだって、そう思ってた。...勝手過ぎるけどね。」
勝手じゃない。
そうだよ、俺もそう思ってるよ。
暁斗さんと別れたくなかった。
ずっと一緒に居たいと思ってたよ。
俺はいつだって暁斗さんが居なきゃダメなんだよ...。
そう思っているのに、涙を堪えることに必死で声が出ない。
「だけど...もう終わってたんだね。響くんは他に大切な人を見つけられたんだね。」
違う。そんな人見つけられるはずない。
暁斗さん以上なんて、居るはずがない。
だから松原のことを知っても嫌いになんかなれなかった。
別れようって言ったのに全然忘れられなかった。
ーーーもう、これ以上暁斗さんの話を聞きたくない。
話さないで、言わないで、もう十分だから。
お願いだからこの先の言葉を言わないで。
俺には次の言葉が分かってしまうから、それを暁斗さんの口から聞いたら、涙を堪えられなくなるから。
だけど、言葉に出せないお願いを、暁斗さんは聞いてはくれないんだ。
「...あの日ちゃんと答えられなくてごめんね。......別れよう、響くん。」
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