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「たーつろぉーくん!おかわりしよー!」 「お、おい響...お前飲み過ぎ...」 「へー?まだまだ飲めるってぇ!」 「いや、ちょ...マジでもう止めとけ、な?」 「やーっ。まだ飲むもーん。」 お酒ってすごい。 沈んだ気持ちを空の上までふわふわ飛ばしてくれるように、俺の頭を空っぽにしてくれる。 ダッチーと会場に戻ってから数時間、そろそろお開きムードの中、俺はバーカウンターのような場所で浴びるようにお酒を飲んだ。 それは暁斗さんと出会う前、『何か』あったときに眠るために飲んでいたお酒と同じで、そうでもしなきゃ泣き続けてしまいそうで、俺は何度もおかわりを繰り返す。 いつもなら俺がダッチーを止めるのに、今日はその逆。 ダッチーの酔いを覚ますほどに俺は泥酔していた。 「なぁ響、もう止めよ、な?俺もう帰るし、響も帰ろ?」 「えー?ここに泊まるんじゃないのー?」 「ばっか、お前ここ一泊いくらすんのか知ってる!?無理無理、俺は帰ります。」 「そーなのー?山元さんは部屋取ってたよー?」 「誰だよそれ!!連れか?」 「連れってゆーか、上司ぃ。」 「上司?......あ、」 そんな俺の肩を背後から、ぽん、と叩いたのは山元さんだった。 俺が最後に見たときは営業スマイル全開だったのに、振り返ったときに見えたのは呆れた表情の山元さん。 「おい。お前何してる?」 「山元さぁん!今ねー、ダッチーと飲んでたのーっ」 「ダッチー?」 「あっ、俺、響の親友の安達です。すいません...なんかこいつ今日飲み過ぎてて...」 「...そうでしたか。部下がお世話になりました。」 「いやいやっ!ただ...なんか響の様子がおかしくて...。心配なんですけどもうすぐ迎えが来るので面倒見れなくて...」 「ああ、それは大丈夫です。私が送りますので、安達さんはお気になさらず。...おい筒尾、帰るぞ。」 俺を放って会話するダッチーと山元さん。 まだまだ飲めるのに、飲み足りないのに!と騒ぐ俺にダッチーは『迷惑かけんなよ!』って言って帰ってしまった。 山元さんも『帰る』って言ったけど、部屋取ってるんじゃなかったっけ? あれは違ったのかなぁ、今日は久しぶりに大きいベッドで眠れると思ったのに。 「山元さぁん、帰るのぉ?」 「ああ。」 「あの部屋はー?」 「あれはパーティーが始まるまでの待合室みたいなもんだ。宿泊はしない。」 「ふぅん。」 「ほら、行くぞ。」 そういうと山元さんはまたスタスタと先を歩く。 置いていかれるのは嫌で追いかけるけど、酔っぱらいの俺にそのスピードは速すぎて、歩こうとしてもぐらぐら揺れる視界のせいで真っ直ぐ進めない。 「...はぁ。面倒なやつ...。」 「へへ、ごめんなさぁい。」 でもすぐに振り返って足を止めた山元さんは、俺に肩を貸してくれた。 ムカつくし、嫌味ばかりだけど、自分の部下を放って帰ることなんかしない、そう心の何処かで信じていた俺はその肩に手を伸ばした。 ***** 「山元さん、飲んでなかったのー?」 「車で来ていたからな。」 「停まればよかったのにぃ。」 「明日も仕事だろ。あそこから出勤だと睡眠時間が減る。」 「...ケチぃ。おっきいベッドで寝たかったぁ!」 「ウチの布団が狭いと言いたいのか?もう寝かせないぞ?」 「やだーー!山元さんちの布団も好きだもんっ!!」 酔っぱらいの俺とは反対に、一口もお酒を飲まなかった山元さんは俺を助手席に乗せて来た道を運転していた。 朝は荒っぽいその運転に死ぬ思いをしたけれど、帰りはやけにゆっくり進む車。 山元さんが酔っぱらいの俺が社内でリバースしないかを心配していたことなんて知りもしなかった。 「ねーねー山元さん、山元さんちお酒あるー?」 「...無いことは無い。」 「じゃあ山元さんちで飲も!山元さんも一緒に!」 「拒否する。」 「なんでーー!?」 「酔っぱらいの相手は嫌いだからな。」 「ひどっ!可愛い部下のお願いだよぉ?飲もうよー!!」 帰り道も俺はお酒を求めていた。 まだ飲める、意識もある。 だからもっと飲まなきゃ。 思い出さないように、忘れられるように。 無意識でそう考えて、山元さんにねだった。 「お前俺と一度も飲むことなかったくせに...酔うと本当に面倒なんだな。そんなに酒好きだったのか?」 「まぁまぁ好きぃ。だってお酒は嫌なこと忘れられるもーん。」 「嫌なこと?...何か、あったのか?」 「ふふふ、聞きたい?」 「別に。」 「しょうがないなぁー、山元さんには特別に教えてあげるっ!」 見慣れた道に戻るにはまだ数十分ある。 お酒のせいなのか、それとも誰かに話したかったのか、どちらかは分からない。 でも『何かあったか』と聞かれた俺は勝手に一人で喋り出す。 今まで山元さんに詳しくは話してこなかった、暁斗さんとの思い出。  ダッチーの結婚式...俺がダッチーを諦めようとして、暁斗さんと出会ったあの日はちょうど去年の今頃のことだった。

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