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そっと、優しく触れただけのキス。
「...や、まもと...さん...?」
「驚いたか?」
「...うん」
唇はすぐに離れて、顔と顔を近付けたまま固まってしまう。
『忘れさせてやる』
そう言った山元さんは俺にキスをした。
それってなんだ?つまり...そういう方法で忘れさせてくれるってこと??
でも山元さんはノーマルな人だよな?
そんなことより俺は今度こそ本当に山元さんとこのままヤッちゃうのか?
「おい、生きてるか?」
「え!?あっ、うん!!」
「息してなかったぞ?」
「それくらいびっくりしたの!!キス、なんかするから...」
「嫌だったか?」
「...わ、分かんないよ...そんなの...!」
暁斗さんじゃない人とのキス、そんなのあり得ないって思ってたのに、山元さんの唇が触れたのがあまりに一瞬すぎて、良いとか悪いとか何も考えられなかった。
...だけど少なくとも無理だとは思わなくて...『分からない』と言った俺に山元さんがもう一度キスしてきても、拒むことはしなかった。
「嫌がらないんだな」
「...っ、」
「もういいのか?『暁斗さん』のことは。」
「な...っ!忘れさせてやるって言ったじゃんかっ!」
「まぁそうだけど...方法は色々あるだろう?お前が拒まないならこのまま押し倒すけど、それでいいのか?」
「い、いちいち確認なんかしないでよっ!もういいよっ、忘れたいの...!」
「そんな軽い気持ちだったのか?あんなに泣いたのに、もういいのか?」
「しつこいっ!...っ、もう...っ、終わったんだよぉ...っ!」
それなのに山元さんはそれ以上何もしなかった。
忘れさてやるって言ったくせに、暁斗さんのことを掘り返すように聞いてくる。
そんなことしなくていいのに、無理矢理抱いてくれたらいいのに、変なところで慎重さを見せるんだ。
だからまた俺は暁斗さんを思い出し、涙を流す。
もう泣きたくない、そう思っているのに。
「っ、お願いだから...っ、忘れさせてよ...っ!」
「いいんだな?」
「いいからっ...!早くっ!」
「好きでもない相手で、いいんだな?」
「...っ!」
「忘れる為なら、それが誰だっていい、そういうことなんだな?」
山元さんはそう言うと、俺を抱き締めていた腕を解いて離れた。
『誰だっていい』
その言葉が胸に突き刺さる。
好きな相手じゃなくてもやることはできる、それは知ってる。俺がそうだったんだから。
でもハッキリと言葉にされると、本当にいいのか迷いが生まれた。
付き合う前から暁斗さんには触ったりされた。
キスも、エッチの手前までも、まだ好きだと気付く前から受け入れた自分がいた。
だから出来ないわけじゃない、山元さんとだってきっとできる。
でも、本当にそれでいいのか...?
「...悩むってことはそういうことだ。お前の中に『暁斗さん』が居る限り、絶対後悔するぞ。」
「...今も...最初っからするつもりなかったんだ..
.」
「それはお前の返事次第だった。まぁ、こうなると思ってたけどな。」
「...山元さんは、俺が誰でもいいって言ったら...抱けたの?」
「ああ。」
「男が好きなんじゃ、ないよね?」
「...好きな奴なら男でも女でも、抱きたいと思うしそうすることは出来る。」
「そっか。..........って、え?待って、それって!?」
「酔いは覚めたか?」
「は?え?ちょ...!?山元さん!?!?」
山元さんは少しだけ顔を赤らめて、ニヤリと笑った。
酔いは覚めるし涙も止まるくらいの衝撃。
山元さんの言葉が頭の中でリピート再生される。
「バカでクソ面倒で手のかかる部下だったはずなのにな。」
「はぁ!?だから貶してるの!?」
「いつの間にか可愛いと思うようになっていた。不思議だな、お前って存在は。」
「...え、えええ?」
「お前が泣いてるのを見ると、俺が支えたいと思ってしまう。」
「うそ!うそでしょ!?」
また冗談だって言うんだ、きっとからかってるんだ。
山元さんが俺を可愛い?支えたい?そんなの嘘に決まってる。
だってさっきも貶したし、嫌味ばっか言う人が俺を好き、だなんてあり得ない。
「...言うつもりなんて無かった。家に着くまでは本当にお前が頼んでくるまで忘れさてやるだなんて言うつもりもなかった。」
「山元、さん?」
「でもちゃんと別れたお前を...弱って傷ついて、泣いてるお前を見たら歯止めが効かなくなる。」
「......」
「だけどお前に誰でもいいからと思われて...そんな状態で抱くのは俺が嫌だった。正直迷ってたのは俺だ。」
山元さんは、珍しく恥ずかしそうな顔をしていた。
さっきまでニヤついていたその顔に余裕なんか見当たらなくて、山元さんのストレートな気持ちが伝わって、『ああ、これは本気なんだ』と、そう思った。
「えっと...その...俺...」
「何も言うな。お前が俺をムカつく上司だと思ってることなんか知っている。」
「...それは、そうだけど...」
「別に俺の気持ちに応えろとは言わない。引きずっていることなんか、見るだけで分かる。」
「...すいません...」
「でも、選択肢に入れろ。」
「選択肢...?」
「俺が、お前の特別な存在になるという選択肢だ。...そうすれば『暁斗さん』のことなんてすぐに忘れるくらいに愛してやるぞ?」
上から目線のその言葉は、俺の心臓をドキンと跳ねさせた。
暁斗さんのことはまだ忘れられない。
そんな簡単には消せないあの気持ち。
だけど、俺の中に急に入り込んできた山元さんの言葉がざわざわと心を揺らす。
その日、俺と山元さんは初めて同じ部屋で離れて眠った。
ドキドキうるさい心臓の音が聞こえないように、必死で目を閉じた。
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