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陣との距離が縮まると、今まで知らなかった陣のことを更に知った。 俺のワガママは大抵文句言いながらも、絶対に聞いてくれる。 ワガママって言ってもあれが食べたい、あそこに行きたい、って程度だけど...でもそれを叶えてくれた。 同じ職場で、側で陣を見てるからっていうのもあると思う。疲れてるかな?って思って小さなワガママでもあまり言えなかった暁斗さんとは違って、陣はとことん俺を甘やかした。 俺が休みの日は『何してる?』ってメッセージが1日に何通も届く。 忙しいのに、時間を見つけて電話してきたり、陣はマメな人だった。 だから俺も大した内容じゃないメッセージのやりとりに慣れてしまって、気付けばメッセージの受信欄は『山元陣』でいっぱいになってた。 そんな日が続くうち、俺は陣の隣に居るのが当たり前だと思うようになったんだ。 楽しい。陣と一緒の毎日は、とても楽しい。 暁斗さんのことを思い出す日は、陣と過ごす時間が増えれば増えるほど減っていった。 ***** 7月27日、夏休みの子供で溢れる土曜日のショッピングモールで、珍しく希望休を取った俺は悩んでいた。 陣は仕事で朝から居ない。俺が一人でここに来ていることも知らない。 陣には『1日寝る!』って言ってあるからだ。 「うーん......何がいいかな....」 今日は陣の誕生日。 本人は忘れてそうだけど、俺はちゃんと覚えていた。 何気ない会話の中で、暁斗さんには聞けず仕舞いだった『誕生日』のこと。 公私ともに日頃お世話になりっぱなしの陣に、何かプレゼントしようとここに来ていたのだ。 とは言っても、陣の喜びそうなものは見つからなくて、もう二時間もフラフラと歩き回っていた。 「陣の好きそうなもの...フライパン...鍋...って違う!そんなんじゃなくてー...」 料理、家事、仕事、それを除いた陣の喜びそうなもの...それはいくら考えても見つからない。 『お母さん』みたいな陣は、好きな食べ物や嫌いな食べ物とか好みは教えてくれたけど、プレゼントに贈るようなもの...欲しいものの話は聞いたことがなかった。 出掛けるときは決まって俺の行きたいところだし、最近じゃ俺のワガママばっかで陣の希望を聞いたことがない。 「はぁ...。難しいなぁ...。」 ここへ来たらどうにかなると思っていたのに。 たくさんの店や物に圧倒されて、迷いが広がるばかりだった。 流石に疲れた俺は、よく通ったあのカフェで休憩することにした。 最後に飲んだコーヒーミルクはホットだったけ、と時間の過ぎる早さを感じながら冷たいコーヒーミルクを注文し、空いていた席に座る。 陣とも、暁斗さんとも来たことのあるカフェ。 ...この味は、色んなことを思い出す味。 (...でも、辛くない。もう涙も出ない...。) 暁斗さんと一緒に居て弱くなった俺は、陣と一緒に居るようになって強くなった。 そう思わせてくれたコーヒーミルクは、やっぱり美味しくて、思い出の味だった。 「あれ?キミ...」 「え?」 「やっぱり!響くんでしょ?」 「...あ、三木さん...?」 「そうそう!いつかのスーパーぶりね!」 思い出に浸る俺に声を掛けてきたのは、スーパーで会った時とは違うお仕事モードの三木さんだった。 相変わらずテンションは高い三木さん。 でも、断りもなく自然に俺の座る席の向かいに座る三木さんは少し疲れた顔をしていた。 「今日はお休み?」 「はい、買い物に来てて...」 「そっかー!いいなぁー!私も休み欲しいーっ!!」 「忙しいんですか?」 「超忙しい!!引き継ぎが多すぎて。本当仕事の出来る人が辞めるっていうのは困るわ!おかげで子供に顔忘れられそう!」 「はは...それは困りますね」 三木さんは大きなため息をついた。 多分、誰かが辞めることで引き継ぎに追われてるんだろう。 営業部でも一人辞める時はその引き継ぎで大変だっていうんだから、きっと三木さんも同じ。 仕事の出来る人って言ってたから尚更なんだろうな。 『おつかい頼まれたから、ついでに息抜きなの!』 と言う三木さんの愚痴をひたすら聞いていると、三木さんの生活がいかにバタバタしていて大変なのかがよく分かった。 「女は甘く見られがちだからねー、負けないように必死なのよ!」 そう笑っていたけれど、朝から子供と旦那さんの朝食を作り保育園に送り届け、そのあとは仕事、帰宅してからは家事に育児に追われる... サラッと話してたけど、相当疲れる生活なんだろう。 俺なんて仕事に行くだけで、朝食も夕食も陣に作ってもらってるし、家事だってほとんど何もしない。 ...陣に甘えすぎてる、三木さんの話を聞いて反省した。 それからしばらくして三木さんに電話が入り、会社に戻らなきゃいけない、ということでそのまま別れることになった。 帰り際に『色々大変だろうけど、頑張ってね』と言った三木さんの言葉の意味が気になったけれど、俺は何も答えなかった。 「結局何も買えてない...」 探しても探しても、これだ!というものには出会えない。 陣の喜ぶもの、欲しがりそうなもの... 誕生日当日に本人に聞くのは...おかしいよな。 どうせならサプライズがいい。 でも何がいいのだろうか...。 ショッピングモールの中を何往復もしたのに、目星の一つも付かず、諦めかけていたとき、俺はふとあるものを見つけた。 「...形が無くても...いいのかな...?」 壁に貼られた一枚のポスター。 それを見て、俺はすぐに陣にメッセージを送った。

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