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「っ、じ、陣!?」 「なんでも、なんだろう?」  「それはっ!お祭りの話で...!」 「確認した。お前はなんでもいいと言った。」 「だからそれは!...っん、」 チュ、チュ、と唇に何度も触れる陣の唇。 『触れる』ことは許してきたけど、キスはあの日から一度もしていないし、それを今の俺たちの関係で許すつもりは無かった。 陣の気持ちは知ってたけど、付き合ってる訳じゃないし、俺はまだ陣が恋愛対象として好きなのか分かっていないし... だけど、陣は止まらない。 俺に言葉を発することを許さないとでも言うかのように唇を重ねた。 「っ、じ...ん...!」 「お前が言ったんだからな。」 「んんっ!?」 ヌルリと唇を舐められると、そのまま陣の舌が強引に俺の口内に侵入した。 熱くて、さっき食べたイチゴのかき氷の甘い味が残っている陣の舌が俺の舌に絡まり、ギュッと強く抱き締められる。 「ふ...ぁ、っやめ...っ」   「止めない。」 「んっ、ん...ぁ、陣...っ!」 「もう我慢しない。お前が欲しい。」 いつもの陣じゃない。 嫌味は言っても、俺の嫌がることはしないあの陣じゃない。 俺の知らない陣が、絡めた舌を離さない。 逃げてもすぐに捕まって、陣の唾液が口の中に溢れて、それが垂れていても陣はキスを止めなかった。 俺を抱き締めていた腕の力が緩むと、片方の手が髪をなぞり、そのまま耳に触れれば俺の身体がピクンと跳ねる。 それを楽しむように陣はキスをしたまま、やらしい手つきで繰り返した。      「耳、弱いんだな」    「やっ... ぁ!」 「どこからそんな声出してるんだ?女みたいに啼いて。」  「うるさ...っ、も、やめて...っ」 「ここ、舐めたらどんな声を聞かせてくれる?」 「やめっ、やっ... あっ、ふあっ!」 「...可愛い。もっと聞かせて。」 ピチャ、ピチャと耳に響く水音。  陣の唇と舌が俺の耳を攻めると、ここが外だと言うのに声を抑えられない程反応してしまう。 耳元でわざと吐息がかかるように喋って、恥ずかしくなるようなことばかり言われて、俺の身体はだんだんと力が抜けてしまう。 腰抜けにされるって言葉があるけれど、それは今の俺にぴったりすぎるくらい似合う言葉で、陣が抱き締めてくれていなかったらベンチから転げ落ちてしまう位だった。 次第に俺の口からは『やめて』が消えて、陣から与えられる刺激に応えるように喘ぎ声だけが漏れるようになると、陣は急に唇を俺から離してしまった。    「...響」 「...な、に...っ?」 「...もう、俺にしろ。」   「え...?」 「俺ならお前を泣かせない。悩ませない。裏切らない。...約束する。」 「じ、陣...?」 「好きだ。好きなんだ、お前が。俺がお前を支えたいんだよ...」 その瞬間、ドォォォン、と花火が上がる音が陣の声と重なった。 いつも自信満々で、強気なのにその声は細く小さくて、この距離じゃなかったら聞こえないくらいに弱々しかった。 「...あれから、一緒に居て...側に居てお前はどうだった?俺と居て、辛い思いはしたか?」 「...そ、れは...っ」 「『暁斗さん』を思い出すことは減ったか?」 「......」 「楽しかったか?それとも辛かったか?」 「...楽しかった...」 「じゃあもういいだろう?お前は俺と居れば忘れられる。ちゃんと次に進める。もう泣かなくていい。」 陣と過ごす日々は楽しかった。 ムカついても、嫌味を言われても、悲しいことも悩むことも不安になることもなかった。 隠さず陣は全部を教えてくれた。見せてくれた。話してくれた。 それがどうでもいい野菜の話でも、掃除のコツでも、何だって話してくれた。 俺は陣と居たら、暁斗さんを忘れられるのだろうか。 たくさん泣いて、悩んで、落ち込んで、だけど幸せで、大好きだった暁斗さんのことを忘れられるのだろうか。  あれだけ必死で花火を見ようとしていたのに、俺の目には目の前の陣の真剣な顔しか映らない。 陣も俺の目から視線を逸らさず、俺を抱き締める腕は痛いほどに力が入っていた。 「...か、考え...させて...」 「もう十分考える時間はあっただろう?」   「でも...!でも、ちゃんと...返事したい...」 「...悩むことがあるのか?」 「......」 悩むこと、それが無いと言ったら嘘になる。 だって俺はまだ陣のことを『好き』ではないから。 自分の言葉で『好き』だと言えるのは、まだ暁斗さんだけだから。 でも陣の真っ直ぐな言葉が俺を揺るがすんだ。 適当な答えなんて、言えるわけがない。 「...分かった。じゃあ、帰るまでに決めろ。」 「え...?」   「ここから俺の家に帰るまで。それまで時間をやる。」     「は?ちょ...!そんな!短いっ」   「短くない。お前に時間なんか与えたらグズグズ悩むだけだろう。家に着くまでの時間で十分だ。」 「十分って...!無理だよそんな...」 「無理じゃない。...それで、ちゃんと決めろ。お前が俺を選ばないなら、前のようにただの上司と部下に戻る。俺もちゃんと線引きする。」 「.......陣、」 「帰るぞ」 陣は俺から腕を離すと、花火なんて見向きもせずに立ち上がって来た道を戻り始めた。 俺はその後ろを少し離れて、ゆっくりと歩いた。 陣を選ぶか、捨てきれない暁斗さんへの思いを選ぶか... その2つを、決めなきゃいけない。 高台から、長いはずの帰り道。 それはすごく、すごく短く感じた。

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