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「......響、時間切れだ。お前の答えを聞かせてくれ。」 陣の家までの帰り道、一言も話さなかった俺たち。 会社の裏の陣の家の前に辿り着くと、陣は静かにそう言った。 陣の背中を見ながら歩いた時間、俺はずっと考えていた。 暁斗さんを諦めなきゃいけないこと、もう終わったのにどうしてここまで思い続けてしまうのか、忘れたくないのか。 あんなに傷付いたのに、泣いたのに、どうして頭に浮かぶのはあの優しい顔なのだろうか。 陣と過ごす日々の方が楽しかった。 何の不安もない、安心し続ける日々が俺の心を落ち着かせた。 きっと、陣と居る方が幸せになれる。 そう分かっているのに。 「......ごめんなさい...」 陣と一緒に過ごしてきて、初めて暁斗さんを思い出すこと以外で流した涙。 しばらく泣いてなかったのに、もう泣くことはないと思っていたのに、止められなかった。 これから俺が話すことが、どれだけ自分勝手なことで陣を傷付けてしまうかを分かっているからこそ涙が流れる。 「...そうか。」 「っ、あのね、陣っ!...俺、陣が居てくれて良かった。ううん、陣が居なきゃこんなに毎日楽しく過ごせなかった...っ」 「...うん。俺も、楽しかった。」 「迷惑ばっかりかけて...お世話になって...陣の嫌味はムカついたけど...でも陣の隣は居心地が良かった...」 「......うん。」 「だけど...、だけどどうしても...陣を好きって言えない自分が居て...だから...っ」 「響、もう分かった。分かったよ。」 まだ伝えたいことはあるのに、陣は俺の言葉を遮った。 今まで見たこともないくらい辛そうな顔をして、無理矢理口角をあげて、必死に作り笑いしているように見える陣。 やっぱり俺の言葉が、陣を傷付けてしまうんだ。 ...でも、この先をちゃんと言わなきゃダメだ。 暁斗さんとは最後まで思っていたことを話せなかった。だから同じことを繰り返さないように、ちゃんと自分の思いを伝えなきゃダメなんだ。 隠さずに、後悔しないように全部伝えなきゃ。 陣がそうしてくれたように...。 「あのね、陣...。俺、俺は...、まだ暁斗さんのことを忘れられてない。思い出すことは減っても、俺の中から消えてない。だけど...だけどね、...陣と居たら、ちゃんと忘れられると思う。」 曖昧な自分の気持ち。 陣みたいにはっきりと『好き』だとは言えない、ふわふわした陣への感情。 「今すぐ陣を好きにはなれない...。でも俺は陣と一緒に居たい...っ。陣を...陣を好きになりたい...っ、」 ーー陣の家に着く少し前、『俺の側に居る人』を思い浮かべたとき...それは暁斗さんじゃなくなっていた。 俺の側に居るのは、バカにしたようなあの顔で嫌味を言う陣の姿だった。 今はまだ無理だけど、これからちゃんと陣だけを見て、そして陣を好きになりたい。 そんな俺のワガママが、陣を傷付けることは分かっているけれど、伝えなきゃいけないと思ったんだ。 だってそれが俺の『本当の気持ち』だったから。 「ごめんなさい。はっきり好きって言えなくて、まだ陣のことだけを考えられなくて...、ごめんなさい...っ」 「......響、」 「でも陣と一緒に居たい...っ、もう泣きたくない...っ、」 「響。」 「ごめんね陣、ごめん...っ、んん!?」 『ごめん』を繰り返す俺に、陣は高台でしたようなあのキスをした。 やっぱり熱い舌が俺の舌を絡め取り、チュウっと吸い上げると唇はすぐに離れてしまう。 これが最後、そういうことなのかと思うとまた涙が溢れて、陣の顔がちゃんと見えない。 「響、それはつまりどういうことだ?」 「...え......?」 「俺を選ぶってことなのか?」 「...え...っと...それは...」 「俺にはそう聞こえたが、そうじゃないのか?」 「...陣のこと...まだ好きって言えなくても...いいの...?」 「はっきり言え。お前は俺を選ぶのか?それともそうじゃないのか?」 「っ、え、選ぶ...!陣を選ぶ!!」 そう言った瞬間、陣の腕が俺を優しく包んだ。 「...本当だな?本当に本当に本当だな?」 「うん...。でもさっきも言ったけど俺っ、まだ陣のこと...」 「好きじゃなくていい。お前が俺を好きになろうとしてくれるなら、あの人より俺を選ぶならそれでいい。」 「...陣を、傷付けない...?こんな曖昧な俺が側に居て、辛くない...?」 「お前が離れていく方が辛い。だから心配するな。」 陣の指が俺の涙を掬うと、滲んで見えていた陣の顔がはっきり見えた。 それはさっき見た辛そうな表情じゃなくて、穏やかな表情。 「これから惚れさせてやる。言っただろ?俺を選べばすぐに忘れさせてやるって。」 そう言って微笑む陣は、出会ってから今までで一番優しく俺に微笑みかけた。 きっと陣を好きになれる。 陣を選んだ俺は、きっときっと幸せになれる。 7月27日、おめでとうを言い損ねた陣の誕生日。 まだ好きとは言えないけれど、その日俺は陣の恋人になった。

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