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結局あの日最後までシたのか、シていないのか...目覚めたら陣は普段通り朝食を作っていて、俺はそれをいつも通り吐きそうになるまで食べた。
だけど洗面所で顔を洗っていたとき、首筋に残っている跡を見つけ、着替えているときは全身に散りばめられた跡に驚き、やっぱり最後までシたんだろうな、と思ったんだ。
俺が覚えていないだけで、あそこまでしていて、『止めない』と言った陣がシない訳ない。
「...俺...陣とシちゃったんだ...」
俺を押し倒して見せた色っぽい陣の顔。
俺に触れた手、絡まりあった舌。
昨日のことなのにはっきり覚えているのはそれだけ。
身体が拒絶すると思ったけど、そんなことないんだ。
俺って、あんなに『暁斗さん』って言ってたのに、案外簡単に他の人を受け入れられるんだ...。
「...違う、陣だからだ。陣だったから出来たんだ...。俺は、陣を好きになるんだ...っ。」
そう言い聞かせないと、自分が最低な人間に思えてしまう。
でも俺は決めたんだ。陣を好きになって、陣と幸せになる。
いずれ好きになる人となら、身体を重ねたっていいんだ。
陣との初めての夜は、『嬉しい』でも『気持ちよかった』でもなく、『自分への嫌悪感』が残った夜だった。
*****
陣と恋人になってから、陣は仕事以外ほとんどの時間を俺と過ごしてくれた。
アパートに帰るのは2週間に一回くらい、郵便物を確認する程度。
家賃が勿体ないくらい俺は陣の家に居て、陣はそれを望んだ。
仕事中は相変わらず嫌味を吐くけれど、その回数は前より減って、こっそり会社でキスしてきたり外回りとか言って二人でカフェでサボったり、俺が今まで知っていた陣とは違う陣の姿を知った。
家に帰ればべったりくっついて、キッチンに立つときも洗い物をするときも、俺を隣に呼んで片時も離れない。
『手伝うことはしなくていい、だけど側に居ろ』
それが陣が俺に言った言葉だった。
仕事の休みが重ならない日は付き合う前と同じようにメッセージのやり取りがあって、昼休憩には電話して、休みが重なった日は朝から晩まで1日中一緒に過ごす。
俺のしたいことを一緒にして、俺の行きたいところに一緒に行く。
食べたいものは陣が作ってくれるし、準備も片付けも全部陣がしてくれる。
そして1日の最後に、陣の腕の中で今日どんなことがあったのかをお互い話す。
愚痴とか悩みを話す日もあればどうでもいい世間話をする日もある。
俺と陣の間に隠し事は一つもない。
隠せるような事が、何も無いくらいに陣は俺を不安にさせたりしなかった。
そんな完全に俺中心の生活は、俺が暁斗さんとは過ごせなかった時間で、俺はこんな日々を望んでいたはずだった。
『会いたい』と言わなくても毎日会えて、『教えて』と言わなくても話してくれる。
ずっと側に居て、安心できて、悩むことのない生活。
...だけどそれが続けば続くほど、俺が陣を『好き』だと思う気持ちは薄れていった。
「響、今日は定時で上がれ。」
「え?...あ、うん。」
「お前の観たいって言ってた番組、今日だっただろ?」
「あー、そうだった...ありがと...」
「じゃあ俺は先に出る。また会社で。」
「うん。...また。」
会社では勿論付き合っていることは隠していて、だから出勤時間はわざとズラすようにしている俺たち。
基本的に陣が先に出て、俺はその15分後に家を出る。
鍵は合鍵じゃなくて陣のものを渡されていて、それを使って戸締まりをする。
同じ職場で同じ部署、それは千裕くんと主任と同じで、あれだけ羨ましいと思っていたのに、残業をするかしないかまで陣に決められてしまうことはあまり嬉しくは無かった。
陣と付き合ってから、俺の残業時間は明らかに減った。
勿論忙しいときはするけど、前みたいに自分で調整することが出来なくて、勤務時間内で全てを片付けなきゃいけなくなった。
それは陣が上司という立場で、早く家に帰って2人の時間を過ごしたいっていう私情があってのこと。
毎朝帰りの時間を決められて、その時間に帰らなきゃいけなかった。
「...はぁ...。」
陣は俺を想ってこうしてくれている。
俺を一番大切にしてくれるから、だから一緒に居ようとする。
頭では分かっているのに、『一人になりたい』と思う日が増えたのは夏が終わり9月の中旬に入った頃のことだった。
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