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セットした髪を弄ったんだろう、ボサボサの髪にシワでぐちゃぐちゃのスーツ、そしてお酒の臭いと、それに混じって濃く香るブルーベリーの匂い。
目の前に居るのは確かに暁斗さんなのに、それは俺の知っている暁斗さんとは全然違って見える。
「おい、お前話の途中だってーのに抜け出して...まぁいいや。最初っから話してやるよ。」
喋らなきゃ気付かない、主任の言葉を思い出した俺はただ黙ってソファーの側に座る。
暁斗さんは俺を『主任』だと勘違いしているからなのかそれとも酔っているせいなのか、強い口調のまま話し出した。
俺の知らなかった暁斗さんの気持ち、それも俺の前じゃ絶対に言わないような本音を。
「俺さぁ、響くんが仕事に夢中になればなるほど置いて行かれるような気がしてた。なのに頑張って欲しいって応援する気持ちもあってさ。矛盾してるよなぁ?」
きっとこれは暁斗さんの新人教育が始まってからのことだろう。
俺は暁斗さんが頑張ってるからって、確かに仕事に夢中になった。
「毎日顔合わせてたのにそれが寝顔だけになって、それでも幸せだーって思ってたのにそれすら出来なくなって。響くんが居ないベッドの冷たさ知ってる?眠れないくらい冷たいんだ」
仕事に追われていつの間にか『暁斗さんも忙しいだろう』と思い込み、自宅へ帰る日が増えた時期。あの頃俺は視野がぐっと狭くなっていただろう。
「寂しい。会いたい。...言えたらよかったなぁ。」
暁斗さんがそう思うだなんて、考えもしなかった。
会いたいと思うのは俺だけ、そう決めつけて寂しさを仕事で埋めようとした俺は暁斗さんを傷付けていたんだ...。
「でも言った所で時間が取れない。休めない、仕事量は増える、それにアイツ、松原の教育。ほんっとバカで全然成長しないくせにやる気だけはあってさ。...久しぶりにこんな新人見たって俺も変にやる気出て、響くんに会えないならって残業して...俺もバカだよなぁ。最初から松原のこと伝えりゃよかったのにさぁ。」
松原晶、それが新人で暁斗さんの教育する相手。
始めから女の子だと聞いたら、俺はどうしていたんだろう?
研修旅行に送り出せたのか?残業という言葉を信じられたのか?
「松原を女って認識したのは襲われた話を聞いたとき。ああ、コイツ女だったって、遅くまで残業させて一人で帰してたのはマズかったのかって。これが響くんなら最初から絶対家まで送ってたのにって思ってさ。それからバス停までは送るようにして戻って仕事して帰宅。残業しなきゃいいのにバカは仕事増やすし仕事遅いし、結局響くんと会えてもほんの数時間だし。ゆっくり話す余裕もないくらい欲求不満にはなるし、もう弥生のことサル並みの性欲とか言えないな。」
松原の話は間違っていなかった。
暁斗さんが会社から直帰と言ったのも間違っていなかった。
俺は『松原をバス停まで送る』という仕事の中での二人を見かけたんだ。
たまに会えたとき、暁斗さんが激しく俺を抱くのは、それだけ我慢してたってことなんだ。
「響くんに会えなくなって...弥生に話聞くたび俺のことどうでもよくなったんじゃないかーとか、俺の存在が仕事の邪魔にならないかなーとか、応援先で他の奴に目付けられてないかなーとか。マイナス思考ばっかりでさ。響くんは俺のものって言いたくて、周りに知ってもらいたくて。」
暁斗さんがマイナス思考?俺のことを周りに知ってもらいたい...?
そんなの知らなかった。俺ばっかり沈んでると思ってた。
『違うよ暁斗さん』、そう言いたい気持ちをぐっと堪えて暁斗さんの言葉の続きを待つ。
「そしたらさぁ、このタイミングでお見合い話が出てきた訳。もう最悪。俺には響くんがいるの。響くんだけでいいの。女とか結婚とかどーでもいいの。分かる?」
『お見合い話』それは松原の口からも出てこなかった。
多分、暁斗さんは松原にも言わなかったんだ。
主任は知っていたのだろうか?それすら曖昧だった。
「なんとか断ったけど、『京極くんもいい年なんだからさ』って言われて。だから勢いで恋人がいるのでその人以外考えられませんって言っちゃったんだよね。で、そのあとあの話を松原から聞いたんだ。」
恋人、その人以外...それはまだ付き合っていた頃の俺のことだろう。
暁斗さんが会社でそんなことを言ってくれただなんて、もう別れているのに嬉しくて涙が出そうになる。
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