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「松原が...たまたま松原が隣に居たとき、俺愚痴っちゃったんだよ。俺には響くんが居るんだからお見合いなんてあり得ないって。どうしたらうるさい上司を黙らせることができるかなって。そしたらアイツ、何て言ったと思う?分かりやすく指輪でもすればいいじゃないですか、だって。」
指輪、その言葉を聞いて俺は打ち合わせの時に見たあの指輪を思い出した。
暁斗さんに別れを告げたあの日には無かった指輪。そんな理由で着けていたのか?でもそれは俺と別れてからのことだったはず...
「確かになーって思って、俺は指輪を探し始めた。って言っても普通の指輪じゃ嫌じゃん?弥生が千裕くんに対して思った気持ちみたいに俺もそれを着けるのは意味も覚悟も必要だって思ってたからさ。でもペアリングとかエンゲージリングって男女で着けることの方が多い訳だし、全然いいの無くて。」
...ダメだ。俺、この先の話を聞いたらきっと涙を堪えられない。
松原から聞いた、暁斗さんの隠し事の真実。
それを本人から聞きたいと願ったはずなのに、今聞いてしまったら主任のフリなんて出来ない。
だけど、やけに饒舌な暁斗さんはそのまま話を続ける。
「悩んでたら日が過ぎるのはあっという間で。響くんはどんどん離れていくし、俺は焦るし、どうしたらいいんだって頭抱えてたらさ、また松原が言ったんだよ。『ウチの両親の店、紹介しましょうか?』って。」
この先の話は松原から聞いて知っている。
暁斗さんが仕事中にこっそり結婚情報誌を広げていて、その中の指輪を取り扱う店のページをずっと見てたって。
あの暁斗さんが百面相してたって。
「松原の親、手作りのアクセサリーショップしてたんだよ。情報誌になんか載らないくらい小さい店。クチコミだけで客が増えるような。で、試しにサンプル見せてもらったら『ああ、これだ』って思った。シンプルで、手作りだから他にひとつも同じものは無くて、俺たちにぴったりだって。」
暁斗さんはお見合い話を避けるために指輪を着けようとしたんじゃない。
『俺たち』と言ってくれたように、暁斗さんの頭にはその指輪をちゃんと意味のあるものとして、俺と一緒に着けようとしてくれていたんだ。
「だからすぐに松原の親に頼んだよ。出来るだけ早く作ってくださいって。だけど全部オーダーメイドらしくて一からデザイン決めなきゃいけなくてさ。早くてもペアで渡せるのは半年先らしくて。だったら打ち合わせは早く終わらせなきゃって思ったんだけどその店がまた遠くてさ。仕事の後じゃ閉店後だし休みはまともに取れないし、更に焦って。そしたら特別に松原と打ち合わせでいいって言って貰えて、なんとか話を進めれたんだけど。」
俺には秘密で進められていた、指輪の話。
だけど会社では仕事があるし、ましてや指輪の打ち合わせだなんて他の人にバレたら噂になる。
松原はそう言っていた。
「アイツ、サンプルとか色々持ってくるの。おっきいリュック背負ってさ、会社に何しに来てるの?って聞きたくなるくらい。...で、指輪の話をしようにも荷物は多いし人目は気になるし、どうしようか考えた結果俺は事情が事情だからって理由で俺の部屋に入れたんだ。」
それは俺の一番聞きたかったことだった。
なんで俺以外の、しかも女の子を部屋にいれたのか。
そしてそれを何故秘密にしなきゃならなかったのか。
その理由がこんなことだったなら、俺は別れを告げることはしなかったのに。
「部屋で打ち合わせして、松原送って、会社戻って...大変だったけど楽しかった。響くんにいつあの指輪を渡せるのか、その時どんな顔するのか想像してさ。勿論打ち合わせが終わった段階で松原を部屋に入れたことは話すつもりだったよ。やましいことは一つも無い。松原とも指輪の話以外はしなかったし、終わればすぐ部屋を出たし。だから俺の気持ちも、指輪のこと以外は全部話すつもりだった。...だけど、」
だけど、俺は勘違いをした。
暁斗さんが松原と浮気をしていると。
約束した4月10日を迎えるより先に、俺は暁斗さんに別れようとお願いした。
「...俺が悪かったんだよ。俺があの頃指輪のことに夢中になりすぎて、響くんに不安な思いばかりさせた。会えないから会いに行こうとか、メッセージ送ったりとか電話したりとか、俺からいくらだって出来たのにしなかったんだ。早く渡したくて、早く俺の気持ちを伝えたくて。」
暁斗さんが松原を部屋に入れた理由、それを松原の口から知った俺は自分の言動を後悔した。
ちゃんと暁斗さんとの時間を取っていたら、仕事ばかりに夢中にならず、たまに会えたらいいだなんて思わなければ。
そうすれば俺たちは終わることなんてなかったのかもしれない。
お互いがお互いのことを考えていたはずなのに、歯車がズレた結果勘違いを生んで、こんなに苦しい思いを抱えることになるだなんて。
「なんで上手く行かないんだろうな。あの指輪だって、無理言って先に作って貰ってさ、俺には心に決めた人が居ますってアピールしたつもりだったのに松原と勘違いされて...。噂は足を生やして色んな所に広がって、気付いた時にはもう上にも伝わっててさ。松原は指輪なんかしてないのに、なんでそうなる?って話なのに。」
ダッチーも言っていた。
二人が付き合ってるって。
だから俺もあの指輪の意味は『松原と』だと思っていたんだ。
何も知らなかったから、他の人と同じようにそう思い込んだんだ。
「なぁ弥生、俺...まだ響くんが好きだよ。好きで、好きで仕方ない。何処に居ても何をしてても浮かぶのは響くんなんだ。あんなに泣かせて辛い思いさせて、だけどどうしようもないくらい響くんが好きなんだ。」
弱々しい声でそう言った暁斗さん。
その言葉は涙腺を破壊するくらい俺の中に響いて、もう溢れた涙を止めることなんて出来なかった。
もっと早く全部を知れたら。
もっと早くその言葉を聞けたら。
俺は陣を選ばずに暁斗さんを信じたのに。
「もう、遅いのになぁ...」
消えそうな暁斗さんの声は、俺の思いと同じだった。
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