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「...話、聞けたか?」
もうこれ以上は聞いていられない。
そう思った俺は、暁斗さんの言葉が途切れたタイミングでリビングを出た。
主任はずっと扉越しに聞いていたんだろう、涙でぐちゃぐちゃの俺を見て、ティッシュの箱をを渡してくれた。
「...お前が今、暁斗のことから立ち直って新しい恋愛してることは知ってるよ。俺も、暁斗も。だから何も言わない。お前に何かして欲しくて呼んだんじゃないんだ。」
「...っ、」
「格好付けの暁斗の本音、それだけちゃんと聞いておいて欲しくて。ごめんな、泣かせて。」
暁斗さんの本音。
そして知らなかった事実。
やっと暁斗さんの口から聞けたのに、それはもう遅すぎてどうしようもないことだった。
俺は嘘をつかない、隠し事をしない、涙を流す必要なんて無い、陣と一緒に過ごすことを決めたんだ。
これから陣を好きになる。暁斗さんのことは忘れる。そう決めたんだ。
「もしこれが...お前を更に悩ませたらごめん。だけどお前は暁斗のことに囚われる必要なんてないからな?あの時はお前の気持ちを考えられなくてキツイこと言ったけど...暁斗だって悪いんだ。いや、暁斗のせいでこうなったんだ。だからお前は自分の幸せだけを考えろ。」
主任の言葉通り、俺は暁斗さんのことに囚われる必要なんてない。
だから陣を選んだんだ。
「...大丈夫。俺、ちゃんと幸せになるから。」
「...そっか。」
「ありがとう、主任。...やっぱり世話焼きは変わらないんですね。」
「だからもうお前の主任じゃねぇっつの!」
「はいはい。...お邪魔しました、弥生さん」
暁斗さんに気付かれないようそっと玄関の扉を閉めて外に出ると、身震いする程寒かった。
もう10月に入ったんだ。そう思うとこの一年はあっという間だった。
ダッチーの結婚式でダッチーへの恋を諦めて、そんなとき暁斗さんに出会って忘れ方を教えてもらって、それから俺は暁斗さんに恋をした。
辛いことも幸せなことも、全部暁斗さんが教えてくれた。
知りたくなかった別れの辛さまで、全部。
...そして陣と出会った。ムカつく嫌味な上司がいつしか俺をベタベタに甘やかすようになって、暁斗さんのことを忘れられる程楽しい時間を過ごした。
辛いことなんて、陣と居ればほんの一握り。
陣と一緒に居れば、絶対絶対幸せになれる。
分かってる。そう、ちゃんと分かってるのに。
「っ、ふ...ぇ...っ、暁斗さ...っ」
なんで俺は暁斗さんのことばかり考えてるんだろう。
辛い思いばかりしたのに。たくさん泣いたのに。今だって暁斗さんのことで泣いているのに。なのに、なんでこんなにも暁斗さんの言葉が胸に残って『嬉しい』と思ってしまうんだろう。
俺は誰が好きで、誰と一緒に居たくて、誰と笑いたいんだろう?
誰と幸せになりたいんだろう...?
止まらない涙は目元を真っ赤に腫らしていて、きっと『泣いた』こと以外言い訳なんて通用しないだろう。
だけど俺は陣の眠るあの家へと戻る。
そしてそっと陣の横に寝転んで、翌朝は何事も無かったように『おはよう』と陣に言うんだ。
だって俺と暁斗さんは、もう終わっているから。
俺は陣を選んだんだから。
今更暁斗さんの気持ちや本当のことを知ったからって、陣と別れるなんて出来ない。
あんなに優しくしてもらった陣を、俺を泣かさないと言った陣を、俺が傷付けちゃいけないんだ。
「俺は、陣のモノなんだから」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉は、真っ暗な空に飲み込まれて消えて行った。
こうして俺はまた一つ、陣に隠し事をした。
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