162 / 170

7-22

朝方陣の家に戻った俺は出た時と同じ体勢で眠る陣の横に、背を向けるようにして寝転んだ。 どうしたらいいか、なんてもう悩まない。 俺は陣を選んだ、だからここに居る。 そう思っているのに、何故か涙は止まらない。 このままじゃ陣を起こしてしまうかもしれないのに、なのに涙は溢れてくるばかりだった。 暁斗さんの気持ち、俺が知らなかった本当のこと、それを今知ったからと言って陣と別れるつもりはなかった。 だってそんなの都合良すぎるだろう?陣は俺の辛いときに側に居てくれたのに、俺は全部を知ったからって簡単に陣を切り捨てるのか? ...そんなの出来ない。出来ないから辛さが増した。 「...おかえり。」 「っ!?」 だけど寝ていると思っていた陣は、俺を待っていたかのようにそう言った。 バレていないと思ったのに、その言葉は俺が外に出ていたことを知っているという証拠...。 「じ...ん...」 「遅かったな。...いや、早かったのか?」 「なんで...っ、寝てたんじゃ...」 「狸寝入りも見抜けないのか。まだまだだな。」 陣は最初から寝てなんかいなかったんだ... そう気付くと、俺は陣に『隠し事』をしてしまった自分に後悔をする。 陣を裏切った、暁斗さんと会っていたことを先に伝えずに会いに行った自分を。 「...響。もう一度、ちゃんと話をしよう。」 陣はそう言うと、身体を起こして布団の上に座り直した。 くしゃくしゃにシワの着いたスーツのことなんて、全く気にしないまま。 「京極さんとはちゃんと話せたか?」 「...」 「話せなかったのか?」 「...話は、聞いた」 「お前は何も言わなかったのか?」 「...酔ってたから...多分、俺に気付いてない...」 陣は俺が暁斗さんと会っていたことを知っていた、という口振りで質問をした。 俺は『なんで知っているの』と聞きたい気持ちを抑えてその問いに答えることしか出来ない。 「それで?その話を聞いて、お前はここに戻ってきたのか?」 「...うん」 「何故」 「陣と...一緒にいるって...決めたから」 陣の声は優しくなんてなかった。 俺を責めるような、強くて重たい声。 怒っているのとは違う、取り調べのようなそんな声だった。 「なんで?なんで俺と居ると決めたんだ?」 「...っ、だって!俺が今付き合ってるのは陣だしっ、それに陣を好きになるって決めたから!」 「それは同情か?それとも妥協か?」 「ち...っ、違う!そんなんじゃ」 「じゃあ今お前が泣いている理由はなんだ?誰を想って泣いているんだ?」 『誰を想って』 そう言われた瞬間、俺は気付いた。 俺がなんで泣いているのか。なんで涙を堪えられないのか。 ...それはもう暁斗さんの所に戻れないから。 暁斗さんのことを知って、どうしようもなくて、辛くて、だから涙が止まらなかった。 「...なぁ響。お前は俺を好きにはならないよ。この先も、ずっと。」 「そんなこと...!」 「絶対に。お前は京極さんのことだけを想っている、そうだろう?」 「...っ!」 陣を好きになろうと思った。 陣なら好きになれると思った。 ...だけど、陣を知れば知るほど気持ちは薄れて、暁斗さんの本音を聞いて、俺が今好きだと言える人は一人しか居なかった。 「俺は本当にお前が好きだよ。支えたい、頼られたい、守りたい。泣かせたくないし、涙は拭ってやりたい。それがお前の幸せに繋がると思っていた。」 陣の口調が優しくなる。 そして陣の言葉が切なく感じて、遠くなる気がしてしまう。 もう話さなくていい。これ以上は何も言わなくていい。 俺って最近予知能力でもあるのかな?陣の言うことが分かる気がするんだ...。 「だけど違うな。俺が想うだけじゃダメなんだ。想い合ってないとダメなんだ。...お前は泣いても辛くても、俺と一緒に居るんじゃ幸せになれないんだ。」 「っ、そんな...っ!陣の思い込みだよ!」 「違う。お前だって分かってるだろう?お前の心に居るのは誰か。誰に側に居て欲しいのか、誰と一緒に居る時が幸せなのか。...もう、素直になっていいんだ。忘れようとしなくても、意地を張らなくてもいいんだよ、響。」 「陣...、」 「...お前が好きなのは、誰だ...?」 視界がぼやける。陣の顔がちゃんと見えない。 あんなに俺を縛るようにしてきたのに、なんで今は手放そうとするんだ。 俺を大切にするって言ったのに、なんで優しい声でそんなこと聞くんだ...。 「...っ、ごめ...っ、ごめん...陣っ、ごめん」 「謝るな。俺が惨めな気持ちになるだろう。」 「だけどっ」 「いいよ。俺はお前が一番大切だから。だから大切な人が不幸せになることが嫌だったんだ。...最初はそれでもいいと思っていたけどな。だけどやっぱり違ったよ。お前の笑った顔が見たい。」 「陣...っ、」 「...響、『上司命令』だ。お前が好きなのは、誰だ?」 俺の答えで、陣との関係は元に戻る。 そう分かっていて陣は俺にわざとらしく『上司命令』と言ったんだろう。 ...優しい陣の、優しい意地悪。 「俺は...っ、暁斗さんが好き.......」 そう答えると、陣は優しく微笑んでくれた。 『やっと素直になったな』...そう言うように。

ともだちにシェアしよう!