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「響。その気持ち、ちゃんと言え。」
「...え...?」
「もちろん本人に直接だ。」
「は...?じ、陣?」
「出来るなら早い方がいいな。...よし、今から伝えに行け。」
「...は、はぁぁぁぁ!?!?!?」
俺が陣にはっきりと『暁斗さんが好き』だと言葉にしたあと、当の本人はえらくアッサリしていた上に俺に『直接言え』なんて無理難題を吹っ掛けてきた。
俺が言うのもなんだけど...さっきまでの流れは別れ話みたいなものなんだし、陣も陣で引き留めるとか『じゃあ別れよう』とか何か他の言葉があると思うのに...。
「行くぞ」
「は!?ど、どこに!?」
「弥生のマンションだ。」
「弥生!?ちょっと待って、陣っていつから主任のこと名前で...」
「つい最近だ。早くしろ。」
「ちょっ!待っ!!!」
そそくさと玄関に向かい、既に靴を履き終えて外に出る陣を追いかける俺って何なんだろう?
っていうより今の状況は?別れ話じゃないの?俺って陣に酷いことしたよな??
...やっぱり陣はよく分からない。
分からなさすぎて着いていけない...。
やっとのことで靴を履いて玄関を出ると、陣はいつも通りに俺を車の助手席に乗せてエンジンをかけた。
そして車は迷うことなく弥生主任のマンションの駐車場へと到着する。
何故ここなのか、それを知るのは陣だけ。
だけどなんとなく分かってしまう。
俺が数時間前にここへ来ていたこと、そしてここに暁斗さんが居ることを知っているから俺をここに連れてきたのだろうと。
「着いたぞ。」
「...ん、」
「響」
「...なに?」
「ちゃんと伝えろよ。それからお前の前でちゃんと話させろ。酔いで誤魔化したりしないように、しっかりとな。」
なんで陣はこんなにも『普通』なのだろう。
昨日までは恋人だったのに、こんなに早く切り替えれてしまうのだろうか。
俺が傷付けたはずなのに、どうして俺がそこを気にしてしまうのか不思議なくらいに陣の態度は変わりなかった。
「...泣きそうな顔をするな。ほら、今度こそ間違えるなよ?」
「...っ、」
「お前の幸せはお前がちゃんと選んで決めるんだ。さっき出来ただろう?だからそれを京極さんにもちゃんと伝えろ。...大丈夫。あの人はお前が思う以上にお前が好きで仕方ないからな。」
「...じ...ん...っ」
「早く行け、仕事に間に合わなくなるぞ。」
「...っ、ありがとう。ありがとう、陣!」
だけどそんな態度に俺は救われるんだ。
いつも通りの陣に、よく分からない陣に、俺はいつだって背中を押してもらってるんだ。
涙を堪えて『ありがとう』を伝え車のドアを開けると、振り向き様に見えた陣は優しい顔で微笑んでいた。
「響、言い忘れてた。」
「え?」
「別れよう。少しの間だけど楽しかった。」
「じ...っ」
「それだけだ。ほら!早く行け!振り向くなよ!」
陣の別れの言葉はそれに似合わない程に軽かった。そしてそのあと響いた俺の背中を押す声の方が強くて、俺は振り向かずにマンションのエントランスに向かって走り出せた。
陣が居たから俺は自分の気持ちに素直になれたんだ。
そう思うと胸が苦しくて苦しくて、陣に謝りたくて仕方ない気持ちが足を止めそうになったけれど、『振り向くなよ!』というあの声を思い出した俺はなんとか弥生主任の部屋の前に辿り着くことが出来た。
「...ありがとう、陣...」
大丈夫。もう、俺は前の俺じゃない。
暁斗さんとちゃんと向き合える、ううん、向き合うって決めたんだ。
俺はどうしても陣を好きにはなれなくて、暁斗さんがまだ好きなんだから。
深呼吸をしてインターホンを押そうとした瞬間、何故かドアが勝手に開く。
そしてそこには泣きそうな顔をした弥生主任が立っていた。
こうなることを予想していたかのように、いや違う...こうなることを願っていたかのような顔をして。
ーーー部屋の中からは、なんだか懐かしい気持ちになるような味噌汁のいい匂いがしていた。
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