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「ありがとう、響」
「え...?」
「少しだけ待ってて。暁斗にもちゃんと言わせるから。」
「しゅ、主任...じゃなくて弥生さん?」
弥生主任はそれだけ言うと、俺をリビングの側に置いて一人だけ中に入って行った。
あのいい匂いのする味噌汁と、二人分の朝食を持って。
...そしてそれから暁斗さんの声と弥生主任の声だけが聞こえるようになる。
弥生主任のわざとらしい質問と、暁斗さんの答え。
俺がここにいることも、夜中に暁斗さんの話を聞いていたことも知らない暁斗さんの言葉。
いつだって俺の前では『頼れる大人な暁斗さん』なのに、それが暁斗さんの無理した姿だと知った俺は、暁斗さんが素直な気持ちを教えてくれなきゃ俺たちは何も変わらないって気付いたんだ。
だから絶対、絶対に暁斗さんの本当の気持ちを聞く。
しつこくてもウザがられてもいい。
陣が気付かせてくれた俺の気持ちを伝えられるように、ちゃんと向き合うんだ。
そう自分自身に言い聞かせていたとき、ゆっくりとリビングの扉が開いた。
「な...んで...」
大丈夫、俺なら出来る。
もう隠さないし隠させない。
「話を、しにきた」
暁斗さんを逃がさない。
そう思うと、いつもよりほんの少しだけ強い口調になった気がした。
ーーーーーーーーー
ーーーーー
「...あ、暁斗さん?」
「んー?」
「何...この体勢...?」
「抱き締めてるの。響くんを。」
暁斗さんはやっぱり素直にあのとき聞いたような弱音は吐かなかった。
だけど少し強気を見せると、暁斗さんは観念したかのようにため息を漏らし、そして俺を抱き締めたのだ。
久しぶりの暁斗さんの体温と、トクトク響く心臓の音。
こんなに早かったかな?って思うほど、その音はうるさいくらいに伝わってくる。
俺もそれに連れてしまってドキドキしているだなんて、やっぱり暁斗さんが好きなんだと実感してしまう。
「何から話せばいいかなぁ...」
「ぜ、全部っ」
「全部って...。多分聞いたら響くん、俺のこと小さい人間だなーって思うと思うよ?」
「いい!そんなこと思わないし...」
「...そう?まぁいいか。もう逃げられないし、そろそろ素直にならなきゃってことなんだよな。」
暁斗さんはどうしてここまで素直な気持ちを俺に教えてくれないのか、不思議なくらいに頑固だった。
俺はすぐに言ってしまうのに、それと同じようにしてくれたらよかったのに。
「俺...響くんと過ごすうちにどんどん自信が無くなった。自信だけじゃない、余裕も。」
だけどポツリポツリと話し出した暁斗さんは、やっとその時感じていた気持ちを吐き出してくれた。
俺は黙って暁斗さんの胸に顔を埋めたまま、それを聞くことにした。
何か話せば暁斗さんの言葉も途切れてしまうような気がして...。
「響くんと付き合ってからは本当に幸せでさ。俺の念願の恋が叶って、この子を絶対離さない、幸せにするって決めて。
どんなワガママも望みも聞いてあげたいって。
出来れば泣かせたくないのに響くんの涙も好きで。
色んな顔が見たくて、知らない響くんを知りたくて。
だけどその反面自分のことを晒すことが怖くなった。些細なことで不安になる自分や、寂しいと思う自分...。響くんの仕事や応援のことだって、頑張ってるって分かってるのに会えなくなるのが辛かった。
なのに俺はそう思ってることを気付かれなくなくて、いつでも頼れる大人な自分でありたいと思ううちに響くんと会えなくなって、不安だけ残って...。バカで自分勝手。連絡すればいいのに、会いたいって言えばよかったのに、いつだって響くんから言ってもらうのを待ってたんだ。」
やっと聞けた暁斗さんの『弱音』は、やっぱり鼻の奥がツーンとしてしまう。
でも泣いちゃだめだ。まだ暁斗さんの話は終わっていない。
「響くんが...遠くに行っちゃう気がしてさ。俺もその頃見合い話があったりして...あ、もちろん断ったよ?だけど追い詰められてた感じがしてさ。
そんなとき松原の実家がアクセサリーショップしてるって聞いて、俺はバカだからさ。
ああ、目に見えるモノで響くんと繋がれたらいいなって思ったんだよ。
ずっと一緒に居る、響くんは俺のモノ、誰にも渡さないって気持ちを込められるモノがあればって。
...それが松原と深く関わった理由だった。恋愛感情なんて一切ない、客として松原と関わった。
これ言ったら響くんと恋人を揉めさせるような気がするんだけど...言っていい?」
俺はそのモノが何かを知っている。
だからコクンと首を振り、『教えて』と合図した。
「...多分、俺と響くんが普通の男女だったら、プロポーズでもしてたと思うんだ。だけどそれは...簡単には出来ないし難しいでしょ?
...だから、指輪を渡そうと思ったんだ。
松原に頼んだのは指輪のオーダー。もちろんペアリング。
だけど予想以上に時間がかかって...松原の両親は他のオーダー製作の合間に無理言って俺のオーダーを入れてくれてたから、2つ揃うまでは時間がかかってね。
だからとりあえず俺の気持ちと、松原に仕事以外で関わってしまったことを話そうと思った。
...それが、4月10日。自分が28歳最後の日にそれを伝えて、響くんが受け入れてくれるなら、29歳...いや、それから先ずっと響くんと一緒に居るって誓いたくて。
でもサプライズにしようって考えてた俺はその間響くんを傷付け続けた。
俺と同じように言えないくらいに寂しい思いをさせて、不安にさせた。
そんなことしたくない、絶対にしないって決めたのに。
だからバチがあたったんだ。俺がちゃんと言わなかったから。響くんに隠したから。
何回謝ったって足りないくらい、悪いことをした。...ごめんね。」
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