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第2話 またね

「まっ…待って、立てない……っ」 「座っていいよ」 中心を服の上から扱かれて、そこはあっという間に熱く芯を持ってしまった。 力が入らなくなり、重力に身を任せずるずると床に落ちていく修作を満足そうな様子で見下ろすのは、修作とほぼ初対面の一年の一ノ瀬七海。 七海が修作の足をまたいで被されば、もう逃げ場はなくなった。 「先輩上出来」 「……っ」 美味しそうなものを見るように、ぺろりと唇を舐める七海を見て、修作はとんでもない地雷を踏んでしまったんだとぼやけた頭で思った。 その間も七海はベルトを外したりファスナーを下ろしたりしていたが、それらの動作は流れるように過ぎていき、気付いたときにはもう修作のモノはひやりとした外気に晒されていた。 何でこんなことになっているんだろう。 そう思ったところで答えを探す余裕もなく、またこの羞恥に耐えられる自信もなく、修作は座り込んでからずっと、ぎゅっとその両目を閉じていた。 せめてもの抵抗で、「ほんともうやめろよ、なあ」と七海の両腕を掴んだが、込められた力はごくわずか。傍から見れば修作が縋りついているように見えるほど、頼りないものだった。 「え~。でももう出さないとツラくない?」 わざとらしくそう言う七海の右手がじかに修作を包み込み、ゆるゆると上下に動く。遠くにある快感を拾い上げようとする本能と、今すぐやめてほしいという理性が四方八方へ飛んでいく。心と体がどんどんバラバラになっていく違和感に、修作は静かにパニックになっていた。それなのに、七海が親指の腹でぐるりと先端を刺激すれば、分かりやすく修作の身体は跳ね上がる。 目をつぶっていても、七海がくすくす笑いながらしているのが分かって、そのことがさらに修作の羞恥心を煽った。 「……っ、あ、も、……」 「イっていーよ」 「……っ、頼む、離して……っ」 「それはだめ~」 修作の呼吸がどんどん荒くなり、七海はラストスパートのつもりで大きく手を上下させる。溢れた先走りが付け根まで濡らし、扱くと同時に響く水音が修作の耳には猛毒だった。 「あ、あ、あぁっ………!」 添えられるだけだった修作の両手にぐぐっと力が入り、七海の腕を締めつける。 すべて吐き出したあと、最後にもう一度下から擦りあげられて修作は情けなく声を上げた。 七海の手が離されてようやく修作が目を開ける。あさっての方向にゆらゆらと泳いでいた目線は、七海の声によって引き戻された。 「先輩、気持ちよかった?」 聞かれていることに返答しなければと思うことすらできず、肩で息をして七海の顔を見る。 そこで再びショックを受けた。 七海が、手の平にある自分が吐き出した白濁をべろりと舐めたのだ。 「なっ!!お前、何っ……」 「え?だってー。拭くものないし」 「だからって!!」 言葉が続かず、修作は青ざめながらあわあわと口を動かすだけだった。 「ね、先輩ライン教えてよ」 そう言って七海は修作の鞄に入れられた携帯を勝手に取り出し、もう一方でポケットに入れた自分の携帯を取り出した。 「ちょ、勝手に……っ」 「先輩ロックかけてないの?すげー」 悪かったな、ロックをかけてまで隠したいことなんてその中にはひとつもないんだよ。 普段だったらこれくらい軽口を叩けるはずだが、今はそんな余裕は微塵もない。 修作は慌てて身支度を整え立ち上がったが、七海はすでにアプリを起動させ、両手に持つ携帯をふるふると震わせている。 「あ、来た来た。登録~ぽちっとな!」 「ちょっと!!」 「はい、返す」 修作の胸に携帯を差し出した七海は、まだその色気を存分に身に纏っていた。 目の当たりにすると何も言えなくなる。抗いようのない男としての好奇心など、思春期の男子ならば誰にでも備わっている。もちろん、修作にも。 「修作先輩、またしましょうね」 ふいに耳元で名前を囁かれ、微かな吐息に身体がビクついてしまう。 「……っするわけないだろ!冗談もいい加減に……」 「はいはい。とりあえず次の委員会の日ね」 「はっ?!おいちょっと待っ……」 「じゃ、失礼しまーす」 七海はふんふんと鼻歌を歌いながら、風のように去って行った。 一方修作は携帯を握りしめ茫然と立ち尽くし、自分の身に起きた怒涛の出来事を飲み込むもうとするので精一杯だった。 ◇ 「あっ修作先輩!おはよーございまーす!」 爽快な声が昇降口の右から左に突き抜けていく。 顔を見なくても分かる。この声はあいつ……一ノ瀬だ。 修作は、その挨拶に見向きもせず自分の教室へ向かった。 背中に刺さる視線が痛い。 どうせまた人を小馬鹿にしたように笑っているんだろう。修作はそう思って、意味無くスピードを上げ階段を駆け上った。 七海に触られた日から二週間とちょっと。 以来、七海は校内で修作を見かけるたびに挨拶してくるようになった。 その意図が、修作には分からない。 あの日のことをなかったことにして、単純に先輩として慕ってくれるようになったのだろうか。それならそれで構わないが、修作はどのみち七海と言葉を交わす気はなかった。 そして、今日が四度目の委員会の日。 帰りのホームルームを終えるチャイムがなったあと、委員会があるからさっさと出ていくようにと担任から促されると、ばらばらとクラスメイト達が教室を後にして行く。 修作も自分の席を立ち、委員会で座る席へと移動した。 もう一人の実行委員である幡野は、自分の席とそれが偶然同じ場所であるため、のんびりと棒付きの飴を舐めながら携帯をいじっていた。 「なあ幡野、当日の係変わってくれって言ったらムリ?」 「はあ?何急に。てか何で?」 「うーん……」 修作の言葉が続かないと判断した理子が、携帯を置いて引き出しの中をがさがさと漁り始める。 丸文字で「☆委員会用☆」と書かれたノートが出てきたのを見て、さすが女子だなと修作は思った。ノートに挟まれたプリントを指でなぞり、理子は目的の名前を探す。 「譜久田譜久田……あった。って競技担当じゃん!しかも昼挟んでるし男子ばっかだし絶対ヤダ!!」 「ですよねー…。ごめん大丈夫。今のナシ」 理子に気付かれないように小さく溜め息を吐いた。 修作と同じ係にはあの一ノ瀬七海がいる。そのことがとても気を重くしていた。 「………別に、何か事情があるんだったら変わってあげてもいいけど」 「え?」 「や、譜久田がそういうこと言うの珍しいからさ」 「……うん、でもいいや。ありがと」 「いいならいいけど…。あっ、ミホコおつー!」 同じ委員会の友人が教室に入って来て、理子はそちらへ駆けて行った。 他のクラスの奴に頼むほどでもないし、そもそも理由を聞かれたら何と答えればいいのやら。仕事は仕事だ。三年の自分が勝手なこと言うのはダメだろと、結局係を変わることは諦めた。 ぱらぱらと委員会の人数が揃いだした頃、ズボンのポケットに入れられた携帯が短く振動した。 (今日は委員会があるから部活休むって言っといたのにな) 部員の誰かからのメッセージだと思い込んで、何の気なしにアプリを開く。 出てきた名前を目にした瞬間、修作の心臓が小さく跳ねた。 『一ノ瀬七海:いい場所見つけました☆委員会終わったら一緒に行きましょ~!』 勝手にID交換されて以来、初めてのメッセージだった。 テンション高めの文字のあとには、巷で人気のゆるキャラが躍っているスタンプがくっついている。 (なんだこいつ) そんな単純な感想が頭に浮かぶ。 また“あれ”をやるのだろうか。人のモノを触ってイかせて、何が楽しいのか修作にはさっぱり分からない。自分だったら……と考えてぶんぶんと頭を振った。いくら仲がいいヤツが相手だとしても、絶対に触れない。そう思った。 とにかくやめさせなければ。 悪い奴ではなさそうだから、話せば分かってくれるだろう。 そう思う甘さが、修作らしさだった。

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