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第3話 知らない/見えない

「ちょちょちょちょっと!ちょっとタンマ!」 「何?も~相変わらずうるさいなぁ」 委員会は滞りなく終わり、宣言通り七海は修作の席まで迎えに来た。 「先輩、帰りましょー!」と言ってにこにこ笑う顔を見て、修作はほっとした。裏表のない、素直な笑顔に見えたから。疑いもせず本当に帰ると思っていた。けれどもちろん、七海が向かったのは昇降口とは別の場所だった。 第三校舎二階の一番奥。 授業で使われたお役御免の備品が雑然と置かれたその空き教室は、放課後はおろか昼間でもほとんど足を運ぶ人間はいない。 「なあ、帰るんじゃねーの?つーかこんなとこよく知ってんな……」 「あれから探したんですよ~人の来ないとこどこかなーって」 「な、なんで……」 空き教室の前まで来てようやく不審に思い始めた修作が、半歩後ずさる。 修作の手首をおもむろに掴み教室の引き戸を勢いよく閉めた瞬間、七海の表情が変わった。ブルーのグラデーションが作るその瞳が、まるでサーモグラフィーのように急に低くなる七海の温度を表している。 やばい、と思ってももう遅かった。 腕と腰を同時に引かれ修作の体がよろけると、たまたま近くにあった天板がひび割れた机に腰が落ちた。 「ちょちょちょちょっと!ちょっとタンマ!」 「何?も~相変わらずうるさいなぁ」 「やめろよ!何でこんなことす…」 「先輩しー。誰か来ちゃうよ」 「……っ!」 七海が口の前に人差し指を立てると、修作は思わず口を閉じた。 素直なリアクションがおかしいのか、七海は堪え切れずくっくっと小さな笑い声をもらす。 「先輩、将来騙されて壺とか買っちゃいそう」 「な、ちょっとホントやだって…!」 「そんなかわいそーな先輩のために出血大サービス」 ぺらぺら喋りながら迷いなく動く七海に、またあっという間に下着を下ろされていた。 以前七海に触られたときの記憶がまだしっかりと身体の中に残っている。 無意識にあのときの快感を思い出し、修作のモノはすでにゆるく勃ち上がっていた。 「なんだ、先輩もやる気じゃん」 「ち、違うこれは……」 自分の醜態を指摘されて、泣きそうなほど恥ずかしくなる。焦りや緊張からか、修作の額や背中はじっとり汗ばんでいた。 そんなことはお構いなしに七海がおもむろに修作の足の間に割り込み、まだ半勃ちのそれを唾液をためた口内で転がした。 「~~~~~っ!?!」 経験したことのない衝撃的な快感が身体の奥で火花を散らす。 反射で思わず腰を引こうとするのを、回された七海の左手で阻止されてしまい、逃げ場のない直接的な刺激に修作の頭は一瞬で真っ白になった。 「あっ!うぁ、あぁっ……!」 「こっちのがきもちいでしょ?」 「いっ、一ノ瀬……っ」 やめろ、と言いたかったのに、修作は頼りない声で名前を呼んだだけだった。 名前を呼ばれた瞬間、七海の動きが一瞬止まった。 修作はそんな気がしたが、すぐに右手を添えて口の動きと同時に上下させ始めたため、また一瞬で思考回路が飛んだ。 初めて経験す凄まじい快感になす術もなく、修作は七海に咥えられたまま射精してしまった。 「どうだった?初めてのフェラは」 「お前、また……」 「え?あー。そりゃ口ん中出されちゃったら飲むしかないでしょ」 「なっ……!」 七海が立ち上がってぐいっと口元を拭う仕草が、また異様に色っぽい。 思わず修作はそこから目をそらした。 「次は来週だね」 「は?!」 「委員会の日。やっぱ体育祭本番が近付くと打ち合わせも増えるんだねー」 「お前これ毎回やるつもりかよ!」 「は、今さら?当たり前じゃん何言ってんの」 「当たり前じゃねーだろ……。何で……」 修作は今にも泣きそうな顔をしていた。 こんなことをされる理由が分からない。 分からないけどとてつもなく気持ちが良い。 これ以上続けてしまったら、きっと抜けだせなくなってしまう。 それほどに、七海はうまかった。 「何で?んー、何でだろう……」 そう言いながら、ふと目を伏せる七海に、悲しげな顔色が見えた気がした。 しかしまた次の瞬間、妖艶な笑みを浮かべて言うのだ。 「ま、ヒマつぶし?かな」 「暇つぶしって……」 ころころ変わる七海の表情に、修作は釘付けになっていた。 いや、正確には、ずっと見ていないと七海という人物を理解できないと思った。 でもどの顔も嘘がない。だから余計に混乱した。 曲がりなりにも上級生である自分に向かって“お前はヒマつぶしだ”と言い放つ七海がどんな性格で今何を考えているのか。そのヒントが欲しいと思った。 「じゃ、また来週ね。ばいばーい」 「あっ、おい一ノ瀬!」 以前と同じように、今日もまた七海は風のように去って行った。 しんと静まり返った教室の中、修作は一人で帰りの身支度を整える。 なんとも虚しいこの時間、言いようのない寂しさに襲われた。 七海がなぜこんなことをするのか、現時点で修作には分かるはずもない。 それは七海自身が、他人からは全く見えない心の内側の、一番奥深くに沈めてしまっていることが原因だったから。

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