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第5話 漏れた声
相変わらずおかしな関係が続く二人だが、密会以外のときの七海はいたって普通の後輩で、あんなに気が重かった体育祭の仕事も何の問題もなく終わっていった。
こういう裏方の仕事を真面目にやる人間に悪いヤツはいない。
どうしてもそういう考え方をしてしまう修作は、自分の甘さに辟易していた。
自分たちの担当が終わったあとの学年別スウェーデンリレー。
200mをぶっちぎり1位でバトンを渡し、そのままアンカーも1位でゴールしてクラスメイト達と肩を組んで大喜びしている七海を見て、自分にもあんなふうに接してくれたらいいのにと、修作は少し寂しくなった。
「お前、足速いんだな」
「え?」
体育祭終了後、グラウンドに立てられた本部テントのもとにいったん実行委員全員が集合することになっていた。1Bの委員と一緒にいた七海に、修作が声をかける。
「リレー出てたろ」
「あ、見ててくれたんですか!俺短距離は得意なんですよ」
「へえ。マラソンはダメなの?」
「長距離は走ってるうちに飽きちゃいます」
「あはは、お前そんな感じだな」
七海と自然な会話ができたことが嬉しくて、修作は笑いながら目線を前にうつす。委員長の倉田が労いの言葉をかけたあと全員で一本締めをして、後片付け係以外は解散となった。
「疲れた?」
「全然!めっちゃ楽しかったです!」
「そっか、よかった」
「じゃ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様」
無邪気な笑顔で手を振って校舎へ走っていく七海を見て、結局よく分からない奴だったなぁと修作は思った。体育祭が終わってしまえば、実行委員は事実上解散となり、もう集まることもなくなる。つまり、七海との密会ももう終了だ。
―……しかし、そう思ったのも束の間。
体育祭が終わってから10日目の昼休み、修作の携帯に七海からメッセージが届いた。
『今日の放課後、いつものとこで待ってます』
修作はそれを読んでぎょっとした。
覚えのある、なんとなく冷たさが滲み出る文字列。
いまだにフリック入力できない修作は、多分またいつものことをするのだろうと思いながら画面をぽつぽつ叩いて返信した。
『行きません』
送った瞬間に既読マークが付き、またすぐメッセージが来る。
『待ってます✩』
この有無を言わさない感じは、いつまで経っても慣れない。
すっぽかして帰ればいいものの、それが出来ない自分が修作は情けなかった。
◇
「お久しぶりです!…ってそうでもないか」
「なあ、もう体育祭終わったんだけど」
「?それが何?」
「何って…。こういうのは委員会がある日だけって」
「委員会終わったら終わりなんて俺言ったっけ?」
いつものように机に座らされ、ベルトを外されてももうたじろぐ事はない。
それどころか、修作も同じように七海のベルトに手をかける。
何度目かのとき、どうせ二人ともするのなら同時にやった方が早くない?と七海が提案したのだ。
しかし今日は、修作のズボンのファスナーを下ろそうとした七海が、ふと思いついたように手を止め言った。
「ねえ先輩、そろそろ口でやってみない?」
「は?!」
「新しいことやってかないとさ、飽きちゃうじゃん?」
「飽きたんならやめればいんじゃね?!」
「伸びしろあるのにやめるなんてもったいないじゃん!はい、場所こうたーい!」
ぐいっと手を引かれ立たされる。
まさか自分がそちら側をやるとは思ってもいなかった修作だが、もう七海が無茶な要求をしてくることに免疫がついてしまっていた。
「……っ、あ~~もーー!!!」
短い髪を二度ほどかき混ぜて、修作は意を決して七海の足に割り込んだ。
まじまじとそれを見ることもできず、咥えたそばから目をぎゅっとつむる。
一度始めてしまえば、嫌悪感は予想に反してすぐ消えていった。
「修作先輩、俺がしたの思い出してしてみて」
ふわふわと頭を撫でなれながらニセモノの優しい声が耳に届く。
(一ノ瀬はどんなふうにしてたっけ……)
記憶を辿りながら吸い付くように力を入れてみると、口の中のモノがびくびくと小さく震えた。それでも、七海の採点は厳しい。
「……下手くそ」
「………っ」
腹が立って離そうとしても、優しく撫でていたはずの手にぐぐっと力が入ってそれを許してくれない。
「手も使ってたでしょ」
ああそう言えば。
右手を添えて一緒に扱いてやると、七海は長めに息を吐いた。
「そうそう、修作先輩飲み込みは早いんだね」
黙れ、の意味で太ももを緩く叩く。
くすくすと笑う声が聞こえて、さっさとイけよと願うばかりだった。
「あ、はぁ……っ」
肩のあたりで七海がシャツをぎゅっと握るのが分かった。
そろそろかなと思い、上下のストロークを大きく強くしてみる。
「あっ……!――・・っ…」
「……!」
口の中に吐き出された精液を、修作はどうにも出来なかった。
「んー…っ」
七海の足を揺らして助けを求める。
七海は黙ったまま、自分の鞄からタオルを取り出して修作の口元に渡した。
ごほごほと咳き込みながら吐き出し発声が自由になると、修作はすぐに七海を問い詰めた。
「なあ、今の」
「先輩ごめん、今日用事あったの忘れてた。先輩のしてあげられなくてごめんね!今度埋め合わせするから」
「おいちょっと待てって!」
バタバタと身支度を整え、今にも走り出そうとする七海の手首を掴み制止しようとする。動きを止めた七海が、修作の手からタオルを取り上げて声を低くして言った。
「何も聞かないで」
「……でも、」
「バイバイ。またラインするね」
「一ノ瀬!」
七海の反応を見て、聞き間違いではなかったのだと修作は確信した。
ここまで付き合ってやったんだ。その意味を聞く権利くらいあると思った。
しかしその後すぐに期末試験が始まり、結局そのまま夏休みに突入した。
夏休み中を含め、あの日から七海から連絡が来ることはなかった。
「あっ……!――先生っ…!」
七海の切なく掠れた声が、今も修作の耳に響いていた。
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