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第8話 気付かないのは君もおなじ
七海が修作の家に訪れたその後、頻度こそ減ったものの、二人のおかしな関係はずるずると続いていた。
予備校がない日がいつなのか。
それを把握した七海が誘ってくるのは、決まって木曜日だ。
空き教室にいる間、やっぱり喋ることは少ないし、修作に笑顔はない。
それでも、ひとつだけ変わったことがある。
行為が終わって帰る時、七海が修作を待って一緒に帰るようになっていた。
修作は切り替えがあまりうまくない性格だ。“おかしなこと”をしたあとでは、暑いだとか雨が降っているだとか、中身のない会話ばかりを繋げる帰り道だった。
◇
「あれ、何してるんすか?」
七海に呼び出された日の放課後、空き教室まで行く渡り廊下で修作はクラスメイトを見かけて、声をかけた。
「譜久田くん」
「重そう!持ちますよ」
「え、いいよ。俺が頼まれたし」
同じクラスである彼になぜ敬語を使っているかと言うと、彼は留年生で、つまりは一つ年上だからだ。気にせずタメ口で話しかける生徒も多いが、体育会系の上下関係を知っている修作はどうしても敬語を取ることができなかった。
去年体調を悪くして休みがちだったせいで留年してしまったと聞いたとき、なるほど…とすぐに納得できるくらい彼は細く色白だった。
そんな彼が段ボール二箱を重ねて運んでいるのを見て、手を貸さない選択肢はない。
「えっ、重!てかこれ誰の頼みで?中身何ですか?」
「ゴンちゃん。もういらない教材だって」
「権田ホント人選適当だな~」
「今日俺が日直だったから……」
「にしても。で、これどこまで持ってきます?」
「二階の奥に倉庫代わりの教室があるって言ってたんだけど……」
小さくそうつぶやいた彼の言葉を聞いて、修作は言葉につまった。
多分もう七海がそこで待っている気がする。
「譜久田君?」
「あっ、あの、俺やっぱ二個持って行きますよ」
「いいって。一個でもありがたいし」
足を止めずに二階への階段を下りて行くクラスメイトの背中を、修作は少しだけ焦りながら追いかけた。
「ここ初めてだ」
「あ、初めて入るとことかあるんですね」
「そりゃあ……」
「うわ、すみません別にイヤな意味じゃなくて!」
「分かってるよ」
慌てて訂正する修作を見て笑いながら、彼はその教室の戸を引いた。
すぐあとについて修作も教室に入ると、窓を開けて外を見ていたらしい七海が、顔だけこちらに向けて驚いた顔をしている。
「あ、お邪魔します……。これどこでもいいのかな」
律儀に先客に会釈した彼は、すぐに譜久田の方に向き直った。
「大丈夫じゃないですか?重いし置いちゃいましょう」
「ふう…。ありがとう、助かった。譜久田君意外と優しいんだね」
「意外とって!」
クラスメイトの言葉につられて、修作からも優しい笑顔がこぼれた。
「冗談だよ。もう帰る?」
「あ、俺ちょっと先生に用事あるんで…」
「そう。じゃあまた明日」
「お疲れ様です」
彼が教室を出て行って数秒後、はあ~~~っと長めの息を吐いた修作が教室の戸に手をかける。後輩とここで抜き合っているなんて、もしクラスメイトにバレたらきっと即刻登校拒否になるな……と修作は引き戸を閉めながら思った。
「ねえ、今の誰?」
戸を閉め切るのを待たず、後方から温度の低い言葉が投げられる。
振り返ると、七海は分かりやすく不機嫌な顔をしていた。その理由が分からなくて、修作はとりあえず質問に答える。
「同じクラスの人」
「ふーん。何で敬語なの」
「あー…。あの人年上だから……」
あまり言ってはいけないような気がして、なんとなく言葉尻を濁してしまった。
それを聞いて、七海は気付いたように声を上げる。
「もしかして噂の留年生?」
「噂って……」
修作は背負っていたリュックをおろし、近くにある机に腰掛けた。
「薬か何かで捕まったんでしょ?」
「はあ?!そんなわけねーだろ何だその噂!」
突拍子もないことを言われて、思わず語尾が強まってしまう。そしてそれが、七海の癪に障ったようだった。
「冗談に決まってんじゃんそんな噂ないよ!何ムキになってんの?!」
「お前が変なこと言うからだろうが!」
一度座っていたのに思わず立ち上がっていた修作は、窓際から動かない七海の前に詰め寄った。元々「全然怖くない」とナメられているのだから、詰め寄ったところで七海が怯むはずもないのは明白だ。
「……ねえ何であの人のことかばってんの?」
「かばってねえしお前は何をそんな怒ってんだよ」
修作のその問いはあっさりスルーされ、七海は笑いながら言った。
「つーかあの人超ネコって感じ」
いい意味ではなさそうな言い方をする七海に、修作は眉間にシワを寄せる。
「猫って何が。意味分かんねえ」
「先輩相変わらずだね。男にケツ掘られてそうって言ったの」
「……っ!」
言葉の意味を理解すると同時に、修作は思わず七海の胸ぐらを掴んでいた。
そんなことをするのは生まれて初めてだ。年が離れている故、兄弟喧嘩すらあまりしてこなかったから。
「冗談だよ。離して」
全くもって動じないこいつは何なんだ。
修作は焦りにも似たイラつきを感じて、突き放すようにその手を解いた。
「……言っていいことと悪いことの区別くらいつけろ」
「何、今度は説教?」
「お前どうしたんだよ何イラついてんの」
「別にイラついてないし。……帰る」
「ちょっと待てって!」
教室を出て行こうとした七海の腕を思わず掴む。
修作は七海の言葉の違和感に納得できなかった。
理由もなく誰かを攻撃するなんてこと、七海本人が一番嫌っていそうなことなのに。
「離してってば!!」
「何かあったんなら話聞くって!」
「………っ、」
「え?なに?」
「~~~っ何でもないってば!もういいから帰ろう!!」
「えっ。うん。え?!」
七海がぐるぐる考えていることがなんなのか、修作には分からない。
足早に教室を出ていく七海を、修作は首を傾げながら追いかけるしかできなかった。
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