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第4話

 食欲をそそる香ばしい肉や焦げたソースの匂い、綿菓子や水飴、カステラの甘い香りが鼻をくすぐる。くじ引き、射的、輪投げ、金魚すくい、宝釣りといったゲームを老若男女が楽しんでいる。  独特な祭囃子しの音と山車を額にねじり鉢巻きをして法被を着た者達が引き、神輿を担ぐ男達の熱気のこもった掛け声が聞こえてくる。  非日常的な雰囲気に人々は賑わう。 「ここだと話しにくいな。場所移すか?」 「おう。じゃあ、あそこはどうだ?」  アイコンタクトを取ると彼らは人の波に逆らうようにして歩を進めた。  鮮やかな衣装に身を包みアニメキャラの面を被る子どもたち。カラフルなヨーヨーやスーパーボウルを詰めた袋を持ち、からからと笑い声を上げて傍らを無邪気に駆けていった。  二人は町の片隅にある幽霊や妖怪が出ると噂のおんぼろ神社へと向かった。 「ここ、不気味だし花火も見えにくいからやっぱ人来ないな」  そう言いながら藤夜は薄汚れた鳥居をくぐり、本殿の階段を覆う土埃を払い夏樹を手招いた。夏樹は白地に藍で染められた手ぬぐいを敷き、藤夜から拳一個分間隔を開けて座った。 「多分俺ら同時に話したらまたケンカになるし、一人ずつ吐露(とろ)した方がいいと思うけどどうする? どっちからいく」  夏樹は藤夜の言葉に「じゃあ、俺から」と言ってごくりと唾をのみ込んだ。 「なんでお前の告白を断ったかっていうと恋人になって、別れたら友達に戻れなくなると思ったから。関係が変わるのが怖かったんだよ」 「どういう意味?」 「だって男同士で結婚できないし」 「結婚にこだわらなくてもいいと思うが、それは海外でもできるだろ。それにこの国でも同性同士の結婚が許される未来がいつか訪れるかもしれない」 「――赤ちゃん産めねえんだぞ。後で女がいいなんて言ったら泣きすがって、お前を恨みながら自殺して、枕元に化けて出てやる」  夏樹がじろりと目を据わらせて睨むと藤夜はフッと口元を綻ばせて、彼の膝に自分の膝をこつりとあてた。 「代理出産っていう形や養子をとる手もある。イヌやネコを飼うのもいいな。ていうか、俺が浮気したら泣いてくれるんだ。……安心しろよ。俺がお前以外の人間を好きになる日は永遠にないから」 「……知っての通り俺はガキの頃から泣き虫でなよなよしてて、男らしくない、女みたいでキモイっていじめられてきた。いくら同性愛者でもそんな野郎を好きになるとか、ねえだろ」  藤夜は眉間に皺を刻み少し怒ったような顔つきをして夏樹の顔を覗き込んだ。 「男だ、女だって人をカテゴライズして非難するやつの言葉に耳を貸すなよ。それに同性愛者だってみんな同じタイプを好きになるわけじゃない。俺にとって夏樹の良いとこも悪いとこもまるごと全部魅力的で、好ましいんだ。――いくら夏樹本人でもそうやって卑下するような言葉を口にするのは許さない」  夏樹は頬を火照らせながらふいっと顔をそらして、自分の足元へと視線をやった。 「そうかよ。……次、藤夜な。ドンとこいよ! 散々お前の気持ちも考えずにひっでえ態度とったんだ。覚悟はできてる」  夏樹の言葉に藤夜は苦笑する。そして神に懺悔をするように指を組んで重い口を開いた。 「昔はお前と同じように考えて悩んだりもしたけど、告白してからはそういうの吹っ切れた。……俺が夏樹から離れようとしたのは、不安だったのは、お前が無理して俺を恋愛対象として好きになろうとしてるんじゃないかと思ったからだ」  夏樹はそこでハッとした。藤夜の体がわずかに震え、その瞳が暗い海の底のような闇を帯びかけていることに。 「一緒にいた時間が長いから、これまで築いてきた友情を壊さないように我慢して受け入れようとしてくれてるんじゃないか。だとしたら、それはお前の信頼も友愛も裏切って自分の思いを押し付けたも同然だ。お前の今までをすべて(けが)したようで、自分が醜く汚いものに思えた。なあ、夏樹――俺はお前を(よご)していないか?」  夏樹は身を乗り出して藤夜の手を包み込むようにして握りしめた。 「それだけは絶対ねえ!! 俺はいつだってお前が隣にいてくれて嬉しかった、幸せだった! 優しい気持ちになれるのも苦しい思いを味わうのも、お前だからだ。こんなにも心が 動くのは、動かされるのはお前にだけなんだよ」  そこで二人ははたと気付く。キスをするわけでもないのに自分たちの顔が思ったよりも近くにあることに。顔を赤らめながらパッと手を離した。 「腹ん中でくすぶっていたもん出したらすっきりしたな。他になんかあるか?」 「ない。言い切った」  夏樹は長く息を吐きながらあからさまに肩を落とした。 「俺ら馬鹿じゃね? これって大切なことをちゃんと伝え合ってなかったから、擦れ違ってただけじゃん。ていうか、よくよく考えたら、6年間ずっと一緒にいたのにマジな話するの今日が初めて?」 「そうだな。……いつも兄さんと夏実さんがお節介を焼いて、何かある度に俺らの仲を取り持ってくれてた。だけど、あの二人はもうすぐ結婚する。いつまでも甘えてるわけにはいかない。いい加減自分たちのことは自分たちでしねえと」

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