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 薄墨色の髪が光に透け、清流の瞳は弓形に笑みを描く。手を振ったトーヤが脳裏に焼きついている。 「しい君。考え事?」  はんなりと微笑んだのは志荻の双子の弟の伊荻(いおぎ)。相違点を見つけるほうが難しいほどに瓜二つな双子は瞳の色だけが不揃いだった。 「しぃ君が緋色ならぼくは何色かな」 「同じ緋色にしよう」  室内に広げられた着物は花道中で纏う候補たち。赤。青。黄色。緑。紫。白――共通して、着物に花が描かれている。淡色から濃色の中に鮮やかな花が咲き乱れ、鳥が羽ばたき、蝶が舞っている。見目の良い双子の日本人形がごっこ遊びをしてるようだ。 「これはどう?」伊荻が手に取ったのは、桜が咲いた着物。金箔が散り、絢爛な孔雀が羽を広げている。 「派手。それに桜は一条のお姉さまのだから」 「えー」  ぽいっと着物を放って再び考え始めた伊荻を横目に、一輪の花が目についた。赤い、赤い、花。薄紅から深紅へ、蕾から花へ足元には清流が流れ、他の着物に比べ、控えめな色彩だが千鳥格子や組格子が刺繍された白い着物だ。  横から腕が伸び、背中から抱きしめられる。「それにするの?」耳元で囁かれた声音は、柔らかいはずなのにずっと冷たい。 「学校に通って心変わりでもした?」 「どうして」 「だって、前のしい君だったら絶対に選ぶ色じゃないから」  ――なんとなく目に付いて、手にとって、ふと思い浮かんだ。きっと、トーヤ君は白が似合うだろうなぁ。 「ねぇ、しぃ君は、今、誰を思い浮かべたの?」  まるで、闇に捕まった冷たさだ。指先から冷えていく感覚に茸葉が詰まる。  古い人々は花鬼を外へ出すべきではないと言う。一族の六番目、六条を継ぐのは長兄だと思っていた。――長兄は隠せる者だが才がなかったから外へ出られなかった。志荻は隠せて才もあったから外へ出られた。伊荻は隠せず、才もなかったから外へ出られなかった。たった、それだけ。外へ出ていなくなるなら、出さなければいい。 「しぃ君、ずっと一緒だって、約束したよね」  はらりひらりと薄紅の花びらが舞う。濃密な花の香りが鼻腔をくすぐった。  紫紅色の花は底が白く、軽くフリルの入った大輪――ツツジと間違われることの多いサツキの花。どうして双子として生まれてしまったのだろう。いっそ、一緒に成れたらいいのに。離れるくらいなら一緒に逝きたい。細い首筋を冷たい唇がなぞる。柔い耳たぶを喰み、華奢な手が首にかかる。真綿で締められるように、ギリギリと、きりきりと。ゆっくりと圧迫され――。 「志荻、お客が来てるぞ」不意に襖が開き、暗い和室に光が差し込む。第三者に呆気なく壊された。双子よりも頭ふたつ分背が高く、色の白い肌に、濃紺の髪を背中に流している。麗しい見目のその人は黒い着流しに身を包み、冷たい双眸で双子を見据えた。 「嗚呼。邪魔されちゃった」小さい囁きを残して、伊荻は離れた。密着していた背中は熱を持ち、急速に冷えていく。  ばいばい、と手を振って和座敷を出て行った弟の後ろ姿をぼんやりと見つめる。悲しい声だった。感情に囚われ、花鬼として生きるしか無い弟がとても可哀想だった。可哀想だから――一緒に死んでもいいとさえ、思っていたのに。  首を絞められ、苦しい呼吸の中で思い出したのは――トーヤの優しい笑みだった。

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