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15年以上前、慎司には妻が居て、彼女は身重だった。
幸せだとあえて口に出さないくらい、当たり前に幸せだった。
その日は里帰り出産の為に車に荷物を積み込んでいた。
まだ若くて金も無く、見栄を張って買ったBMW。
家も賃貸で辺鄙な場所にあり、駐車場は自宅から少し離れた坂の上にあった。
準備を終え、車をアパートに横付けしようと運転席に乗り込んだ際、ふとタイヤの空気圧が気になった。
確認の為に外に出ると、無人の車はゆっくりと坂道を下りだした。
サイドブレーキをかけ忘れたのだ。
車の先には丁度外に出てきた妻が居て、あっと声を出す前にぶつかった。
それほどスピードは出ておらず、車はフロントが凹んだだけで止める事ができた。
だが、お腹の子供は流れ、転んで後頭部を打った妻もあっけなく逝ってしまった。
慎司は逮捕された。
身内を自身の過失で殺害してしまった際に逮捕するのは、加害者の命を守る為でもある。
責め立てる親類に“本人も罰を受けているんだ”と思わせ、 加害者の後追い自殺を予防するのだ。
その後、釈放された慎司は、ただただ独りだった。
全てを忘れる為に働いて、働いて、働いた。
立ち上げた会社は大きくなったが虚しかった。
事故車をそのまま乗り続け、結婚指輪を外す事も出来ない。
死にたい思いを抱えたまま生きる慎司は、あの日から動けずにいる。
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