いつも碧都の後ろをついて歩いていた伊吹。それは歳とともに距離が開きはしたけれども、変わらぬ笑顔と優しく暖かな眼差しは碧都だけに向けられていた。 　進級し教室が離れると気の合う友達も変わっていく。 　どれだけ仲の良い幼馴染みであれど、互いに考えや楽しみが異なればゆくゆくはすれ違い溝が生まれ、いつしか関係そのものが消滅し疎遠になるのが道理だ。 　しかしながら現今でも変わらぬ友愛を育むことができるのは、ひとえに伊吹の存在が大きい。 (そっか。こいつガキの頃から俺のことを……) 　どれだけ連れなくしても、学校から帰ると俺の部屋にやってきては楽しかったことや友達との会話、果てはテストで赤点を回避したことまで胸を張り報告しにきたっけ。 　へらへらと無邪気な笑顔で話をされると、俺も知らず伊吹の笑顔が移りくだらねえ会話も楽しく思えた。そんな当たり前の日常は、伊吹がつなぎ止めていたからこそ切れねえでいられたわけだ。 　うぜえ日もあればムカつく日もあった。そのたび俺はキレて伊吹は泣いて、それを見た海乃は仲裁に入り俺を責めたっけ。 　俺の気持ちを知ってか知らずか、ともあれ伊吹を庇う海乃に益々ムカついて伊吹を泣かせることも少なくなかった。てっきりこいつは海乃が好きだとばかり思っていたが。そうか、俺のことを……。 　碧都を征服した格好のまま肩に顔を埋めて涙する伊吹。 　いいように弄ばれ業腹だった碧都の心は、伊吹がこぼす涙の粒で少しずつ満たされほころびをみせる。すると今度は伊吹に対しこれまで感じたことのない、痛みを伴う甘くて陽だまりのような感情が生まれた。 　おそらくは伊吹と同じ──いや、少なくとも男に対し初めて抱いた感情。俺も伊吹のことを…… 　狙った女は必ず落とす百戦錬磨の男。だが今は碧都に抱きつき肩に顔を埋め泣く子供だ。このどうしようもない大型犬のような男が愛しくて堪らない。 　柔らかな伊吹の髪を手櫛で梳いてやりながら、胸の奥に生まれた甘く痛みを伴う感情の意味を碧都は悟った。うまく答えられるかは分からないが、感じたままを伊吹に伝える。 「おまえずっと悩んでたんだな。ごめんな、気づいてやれなくて。ガキん頃から一緒だったしさ、伊吹のことは何でも知ってるぜって俺……高を括ってたみてえ。 こんな状況にならなきゃ気づかねえとか、自分でも情けねえーって思うけど──たぶん俺もおまえのこと好きかも。つか男好きになったことなんて一度もねえし、まだよく分かんねんだ」 「ごめんな。はっきりしなくて」──碧都なりの告白に謝辞を添えて、下唇を噛み涙を堪えながら話を聞く伊吹に想いを伝えた。 　のぞき込むようにして碧都を見下ろす伊吹。あうあうと言葉にならない声を漏らしてるが、小さく深呼吸すると伊吹はやおら口をひらく。 「……ほんとう？　それ信じていいの？」 「まだ完全じゃねえぞ。俺もさっき気づいたっつか、おまえに告られて嬉しかったっつか、鼻水まで垂らして泣くおまえが可愛いと思えるっつか」 「うっ、うえっ……それってもう僕のこと好きなんじゃん。いいよ、ゆっくりで。碧都のペースでこれからの僕を好きになって。僕も、もう遠慮はしないから」 「すっごく嬉しい。大好き碧都」──泣き笑う伊吹が碧都を抱きしめると、それに応えるように碧都も抱き返すのだった。