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第30話 文:蜜鳥
伊吹が俺の肩に額を預けながら脱力している。
汗ばんだ肌から伝わる体温と体重がこんな愛しく思えるなんてこれまで想像した事もなかった。
「…はぁ、はぁ」
荒い呼吸とともに上下する背中に手をのせて呆然としていると、暫くして伊吹が身体を動かした。
「碧都、抜くよ?」
腕を伸ばしてタオルを取り、繋がっているそこに宛がいながらゆっくりと引き抜くと、ローションや伊吹の出した体液が混ざったものが、一度に溢れるように流れ出してゆく。
「あっ…」
さっきまで俺の中を満たしていたものを失う感覚に、小さく抗議の声を上げた。
「寂しい?」
何の屈託もなくそんな事を聞いてくる伊吹が、今は可愛い。
俺の口の端をそっと拭って(よだれを垂らしたに違いない)キスをしてから床に座らせてくれる手つき。俺を見る柔らかい眼差し。そんなすべてがこいつの気持ちを物語っている。
やってる時のギラギラした雄の顔とのギャップに胸の奥がくすぐったくなってくる。
伊吹が蛇口を盛大にひねってバスタブにお湯を張って行く。しかも風呂に入るってのに、フェイスタオルをお湯で濡らして、俺の身体を拭いてくれた。
あんなに強引に好き勝手やった癖に。ちょっとだけ恨みがましく睨んだら目が合って、にへっと笑われた。昔からよく知った笑顔を見せて「碧都が僕のものになって嬉しい」って宣言された。
「え、俺がお前のものなの?」
「さっきあんなに可愛く縋り付いて啼いてたのは碧都の方でしょ」
くそ、伊吹の癖に生意気な、って言おうとしたけど数時間前と同じ仔犬みたいな笑顔を見て、気が抜けてやめた。
しょうがねぇなぁ、もういいよ。
そう思った途端、扉がけたたましく叩かれた。
「ねぇ、終わった?終わっちゃったの?何二人で勝手に盛り上がって!」
あ、海乃がいるのをすっかり忘れてた。
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