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第31話  文:笹野ことり

 扉へ一瞬目を向けた後、お互い顔を見合わせ、苦笑する。  海乃に、俺たちの関係をどう伝えるべきか――。  碧都は、頭の中で纏まらない思考を整理していると、伊吹は笑みを浮かべながら、そっと耳元で囁く。 「僕が海乃を追っ払うよ。だって、邪魔でしょ?」 「え?」 「いまさら海乃の前で、もう一回して見せるなんてできる? ま、僕は碧都が望むなら、何度でもいいよ。今だって、ほら……」  伊吹は、碧都の手首を掴み、そのまま中心へ手を導く。 「――……」  触れるだけで、また少し硬さを帯びていた。  こんなのいくつ身体があっても、もたない。  さっきだって、自分の身体を支えられないくらい脚がガクガクして伊吹に身体を預けたくらいなのだ。  これ以上されたら、自分がどうなるか想像がつかない。  もう、今日はこのまま―― 「いや、もう今日は、ムリ……。風呂に入りたい」  伊吹は「わかった」と言い、扉の近くに向かって、開けないまま冷たさを孕んだ声で言う。 「あぁ。終わったよ。だから、もう帰ってくれる? 海乃ちゃん、邪魔なんだよね」 「ちょっと! なんでよ? 私が見せてって言って連れて来たでしょ。なによ、あんたたち!!」  ヒステリックな声を出しながら、扉がドンドンと叩かれる。  碧都は、ひやひやしながら2人のやり取りを見ていた。  扉の向こうで「ありえない!」「なんで見せてくれないのよ」などと、海乃は、金切り声を上げながら、強い抗議の声を上げる。  それに追い打ちをかけるように、伊吹は扉を蹴り「早く帰って」と吐き捨てるように言う。  その後も、抗議の声が聞こえたが、少したつと海乃は諦めたのか「伊吹の裏切者!」と言う言葉の後、扉の向こうは静かになるのだった。  伊吹は、大きなため息を吐いて、碧都に向き直る。 「おまたせ。全く、女ってなんで、あんなんなるんだろうね」  そう言うと、いつもの、へらへらした笑顔を碧都に向けてきた。  さっきまでの冷たい声色から、優しいいつもの声に戻る。  自分は、伊吹のほんの一面しか知らないのではないかと思った。  今まで、自分は伊吹の何を見ていたのだろうか――。 「さ、バスタブにお湯溜まったんじゃない? いこ!」  伊吹の声に、一旦考え始めていた思考を停止する。  そして、碧都は、伊吹に手首を掴まれながら、バスルームに連行されるのだった。

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