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第32話  文:春日すもも

「ねぇ、さっき海乃が伊吹のこと裏切り者って……言ってたけど」 「ああ、あれね」  スポンジに、備え付けのボディソープを泡立たせながら、伊吹は返事をする。  何気ない言葉だったけれど、なぜか心にその言葉が引っかかっていた。 「今だから白状するけど、海乃と取引したんだ」 「取引?」 「そう。協力してもらう代わりに、俺たちのセックスを見せてやってもいいって」 「え? えー!?」  驚く自分の反応をまるで予想していたのか、伊吹は碧都の体を洗いながら、ふふ、と笑みをこぼした。  そういえば、そもそものこの話の契約成立のタイミングは、海乃が勝手に自分にチュロスを押し付けられたときだ。  冷静に考えれば、理不尽すぎるし、あの時点で伊吹の方は海乃にオッケーを出したと言っていたのだから、事前に二人で話をしていてもおかしくない。  最初から、二人に仕組まれていたということなのか。 「流すよ、碧都」 「……ん、だよ、伊吹。おまえらグルだったってことじゃん」 「それはちょっと違う。これは僕が仕組んだことで、海乃は協力してくれただけだよ」 「だからって、こんなやり方!」 「必死だったんだ」  伊吹の顔が曇る。そんな物憂げな表情をされたら、抗議する気持ちを失くしてしまう。 「もう碧都の前で友達の顔をしているのがつらくなった。海乃に協力してもらってでも、友達の関係が崩れてしまうかもしれなくても、気持ちを伝えて、碧都が応えてくれる可能性に賭けてみたんだ」 「伊吹……」 「よし、きれいになった。ほら、バスタブにつかりなよ」  それ以上は聞かないで欲しいのか、続けようとした碧都の言葉は遮られる。  碧都はそのまま、あたたかい湯の張られたバスタブに足を踏み入れ、肩まで浸かった。  目の前では、今度は伊吹が自分の体を洗っている。  引き締まった体に、ほどよくついた筋肉、あの腕で抱きしめられ、あの中心にあるもので何度も碧都を絶頂へ導いた。  そして、碧都のことをずっと前から想っていた伊吹。  伊吹に告白されたこと、伊吹とセックスしてしまったこと、そんなひとつひとつの現実が、碧都の心に染みていく。  やり方は強引だったし、だからといって、はいそうですか、とはいかないけれど、それでも伊吹を憎む気持ちは今の碧都にはなかった。

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