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◇
ワンセットマッチを終えたあと、川崎くんはなぜかちょっと不貞腐れたような表情だった。
川崎くんはもう次をする気がないのか、ベンチに座ってラケットのガットを指でいじっている。
僕らが今いるのはスポッチャ。通常より半分くらいの大きさしかないテニスコートは遊びと運動の中間くらいが楽しめてちょうどいい。
隣のコートでは大学生くらいの男女グループが盛り上がっている。
額に流れた汗を拭いながら僕は川崎くんの隣に座った。
「川崎くん、疲れた?」
「……別に」
川崎くんは素っ気ない。
もしかして体調悪かったとかかな……。
不安になって様子を窺おうとしたけど、その前に川崎くんからキッと睨まれた。
「あのさ。君は俺とエッチしたくないの?」
「へ?別に……、したくないわけじゃないけど」
「……じゃあなんであの状況で服直すわけ!?普通あれだけ誘ったらヤるでしょ!?なんでテニス!?」
「え。だって川崎くんスポーツ好きじゃん?いつも体育のとき楽しそうだし。だからここにしたんだけど……。あ、ふふ、川崎くんさっきのプレーもすごい上手かったよ。かっこよかったー球技好きなの?」
「~っ……、んだよ…!なんなんだよ君……!」
苛々してるのかと思えば、泣きそうなくらいに歪んだり。余裕そうに穏やかに微笑んでいるいつもの彼とはまるで違う。
川崎くんはそのまま黙ってしまったので僕もつられて口数が無くなる。
向こうのグループが騒いでる賑やかな笑い声で、こっちの静けさが引き立ってしまった。
うわ、どうしよ、せっかく川崎くん独り占めなのに気まずいなんて嫌だな。
「……あっじゃあ、良かったら来週ボルダリング行かない?やったことある?壁の突起掴んで登ってくやつ。あれ全身の色んなところめっちゃ使ってさ、疲れるんだけどおもしろ」
「綾瀬。キスしろ」
言われたことを理解する前に目が合う。
あやせ、と、川崎くんが再び僕を呼んだ。
場所とか状況とか、考えることはあるんだろう。
でも川崎くんから明確に求められたことでそんなの全部どうでもよくなった。
川崎くんがしてほしいことならする。だって僕のこと好きになってほしいから。
ドラマで見たキスシーンを思い出しながら僕は川崎くんの頰に手を添える。したこと無いけど、ゆっくりやればきっと失敗しないだろう。
川崎くん、好き。
顔を近付けて、そっと引き寄せて。僕は川崎くんにキスをした。
触れる瞬間はやっぱり恥ずかしくなって目は閉じてしまった。
「……!」
うわ、川崎くんの唇柔らかい。あったかい。
川崎くんとキスしちゃった。感動すぎ。
唇を離すと、目の前の川崎くんはこぼれ落ちるほど目を見開いていた。
「っ、……!」
「川崎くん!?」
川崎くんは、僕を振り払い一気にその場から走り去ってしまった。
と、背後からヒソヒソと声が聞こえる。
声の先は隣のグループの人たちだ。僕を見て何やら笑うような訝るような態度だった。
僕は川崎くんの後を追った。
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