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第10話

家族── 瞼を閉じると、その裏に鬼のような形相をした母が浮かぶ。 殺されかけたのは、いつ頃だったんだろう。余りに幼い時期だったから、ハッキリとは覚えていないけど。 『志津子、止めておくれ!』──あの時、事態に気付いたおばあちゃんが、慌てて止めに入ってくれた。もしあの時、おばあちゃんがいなかったら。多分僕はもう、この世に存在していなかっただろう。 その方が、かえって良かったんじゃないか。そんな呪縛に、今でも囚われてしまっている。 4つ年上のアゲハは、若い頃の父に良く似ていたらしい。そのせいもあって、母は兄ばかりを溺愛していた。 一方の僕は、その真逆で。ただ生きているというだけで疎ましがられ、酷い仕打ちを受けた。 まるで殺人鬼のように僕を蔑み、恨みがましく見下す母。その冷たい眼に怯え、薄暗い部屋の隅で(うずくま)り、ただ息を潜めてやり過ごすしかなかった。 「……大丈夫か?」 不意に声をかけられ、ハッと我に返る。 キッチンの窓硝子が少しだけ明るくなり、長かった夜が明けたんだと気付く。カードゲームで騒いでいた男達はいつの間にか全員酔い潰れ、空き缶同様畳の上に転がっていた。 「うん……」 「苦しそうな顔してンぞ。辛ぇなら、その辺横んなっていいからな」 「……ハイジは?」 「ぁン?!」 僕の問いかけに、ハイジが奇妙な声を上げる。 「オレか。……オレは、あんま寝ないタチなの」 「……え」 「心配してくれンのか?」 「……」 「優しいな、お前」 僕の顔を覗き込みながら、優しすぎる程の柔らかな笑顔を見せる。 胸の奥が擽ったくて、恥ずかしい。 こんな風に優しくされたら、どうしていいか……解んない。 「じゃあ、一緒に寝るか?」 「……ばか」 小さく答えれば、肩に回されていた方の手が僕の横髪に触れ、優しく手のひらで包んだ後、ハイジの肩にそっと乗せられる。 「安心して、ちゃんと寝ろよ」 さらっ…… ハイジの指が、預けた僕の髪をそっと梳く。 「……」 何だろう、この感覚。 胸の奥の柔らかい所が、切なく締め付けられて……苦しい。 『大丈夫、大丈夫』『安心してお休み』──あの時のおばあちゃんの声が、聞こえたような気がした。 ──ねぇおばあちゃん。 何でお母さんは、僕の首を絞めたの? 『………さくらが生まれる時、病院へ駆け付けていたお父さんが交通事故に遭ってしまったんだよ』 ──僕のせいなの? 『さくらのせいじゃない。……そういう、運命だったんだ』 ──でもお母さんは、僕の事……嫌いなんでしょ? 『……人の心は、弱く脆いものなんだよ。 お母さんはお前の顔を見ると、亡くなったお父さんを思い出して辛くなってしまうんだ。……だから、お母さんを許してやって頂戴ね』 ──そう、だったんだ。 だったら僕なんか、生まれてこなければよかったね。

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