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第13話
「……工藤!」
突然、背後から僕を呼ぶ声がした。
振り返ってみれば、そこにいたのは同じクラスの学級委員長。
黒い前髪をキッチリ七三に分け、痩せ型で黒縁眼鏡を掛けたその形 は、真面目を絵に描いたようにしか見えなかった。
「酷い風邪で寝込んでるって聞いていたから、……驚いたよ」
「……」
「まさか、こんな所で会うなんてね」
……風邪……?
誰がそんな事───突然の出来事に、軽い眩暈がする。
「とりあえず、先生から預かってきたプリントをここで渡すよ」
静かにそう言った学級委員長が、鞄からプリントを取り出す。
───ああ、そうか。
担任からの連絡に……いや、先に母が根回ししたんだ。
怪しまれないように。
「……いらない」
だったらこっちも、都合がいい。
あんな所に、もう行かなくて済むんだから。
「いらないって……。困るよ、受け取って貰わないと」
「……!」
瞬きのない、真っ直ぐな目で睨み付ける学級委員長。
いらないと言ったプリントを、僕の胸に突き付けながら。
「──何、してんだテメェ!」
ドリンクの入った袋をぶら下げたハイジが、ドスの効いた声で威嚇する。
鋭い目付き。白金色の長髪。ドクロ柄のフード付きトレーナー。
肩で風を切って近付くその姿に、学級委員長が一瞬怯む。
「さくらに何か用でもあンのかァ──?!」
バッ、
奴を睨みつけているハイジが、問題のプリントを奪い取る。
「……」
そこに、一体何が書かれていたんだろう。皺の入った紙に移したハイジの視線が、みるみる柔らかいものに変わっていく。
「………お前、学校行け」
「え……」
「オレらは明日、用があンだよ。
だから……暇つぶしにでも行っとけ、学校」
真剣な眼差しを向けたハイジが、プリントを僕の前に差し出す。
「……」
……何で、そんな事……
胸の内側に、じりじりと広がっていく不安。
どうして……
ここまで僕を、ハイジの世界に引き摺り込んでおいて。今更……突き放さないでよ。
「悪ぃかったな。いきなり怒鳴ったりしてよ」
「……いえ。では明日、学校で」
堅い表情のまま、ぺこりと頭を下げた学級委員長が背を向けて去って行く。
「……どうして、学校なんか……」
それを見送りながら呟く僕の頭に、ハイジの手がぽんと置かれる。
「お前はオレの女だけど、仲間じゃねーんだ。……あんまこっち側に首突っ込むな」
「……!」
何それ。
僕は、あの人達と同じじゃないって言うのかよ。
「そう怒るなって」
「……」
「さくらには、幸せになって欲しいんだよ」
「……」
……幸せって、何?
学校に行くことが、ハイジの思う幸せなの?
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