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第34話 リュウ
×××
ドゥルルンッ……!
僕を後ろに乗せたバイクが、溜まり場であるアパート前に停まる。
そこから玄関ドアの方へと視線をやれば、背の高い、黒スーツ姿の男性が見えた。
「………ッ、リュウさん!」
バイクから降り、サイドスタンドで車体を立てエンジンを切ったハイジが、メットを外しながらその男性に駆け寄る。
「……」
──リュウ……
『施設時代に、世話ンなった人がいてさ。その人がオレらのチームの面倒を見てくれてンだよ』──山小屋風のレストランでの食事中、そう言ったハイジの台詞が脳裏に響く。
あの人が、リュウ……?
メットを外すと、空気に晒された頭皮が、少しひんやりとする。手櫛で髪を梳かしながら黒尽くめの男を眺めていると、振り返ったその人が、一瞬、此方に視線を寄越す。
「──!」
ドク、ンッ……
瞬間、心臓が大きな鼓動をひとつ打つ。
オールバックに強いオーラ。背格好。その顔立ち。ガラス玉のように無機質なその眼は、紛れもなく──
「そいつは?」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクンッ……
痺れる指先。
浅くなる呼吸。
耐えきれず……揺れる視界から二人を追いやり、足下に程近い地面を映す。
「オレの女です」
「……へぇ。ハイジにしちゃあ、いいオンナ持ってんじゃねぇか。……名前は?」
視界の端に黒革の靴先が入り込み、僕との距離を詰める。怖ず怖ずと視線を上げれば、冷たいガラス玉の様な眼が、じっと僕を見下ろしていた。
「………工藤、さくら」
震える声で答えれば、リュウの口角がクッと持ち上がる。
「さくら、か……」
──『ふん。兄弟揃って、女みてぇな名前だな』。
「……」
初めてを奪われた時の衝撃が、僕の脳幹を鋭く貫く。
「まぁいい。オンナはどいてろ」
──トンッ、、
竜一の大きな手が、僕の肩を強く押す。その反動で後ろに蹌踉け、数歩後退りながらも何とか堪える。
「……」
……ドクン、ドクン、ドクン……
触れられた所が、やけに熱い。
「早く開けろ」
「……、ハイ!」
無機質なガラス玉が、玄関ドアの方へと向けられる。
「……」
眼中にないんだろう。ハイジが玄関ドアを開ければ、僕に背を向けたままリュウが部屋の中へと入っていく。その後を追ったハイジが振り返り、閉まっていくドアの隙間から不安げな眼を僕に向けた。
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