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第35話
ドクン、ドクン、ドクン……
まだ、動悸が収まらない。
身体中から血の気が引いていくのに、心臓はやけに煩くて。
メットを抱えたまま、鈍くなってしまった頭に何とか思考を巡らせる。
「……」
あれは確かに──竜一だった。
たった半年。たった半年なのに……もう忘れてしまったんだろうか。
想い人の弟に、三度も手を出した癖に……
……どうしよう。
足が竦んで動けない。
あの出来事を、無かった事にされただけではなくて。僕という存在を少しも覚えていなかった事に、ショックを隠せない。
ドクン、ドクン、ドクン……
『施設時代に、世話ンなった人がいてさ』──確かにハイジは、ハッキリとそう言っていた。
もしかして竜一は、施設出身者なの?
それとも、只の他人のそら似──
「……あれ、姫?」
背後から声を掛けられ、ハッと我に返る。振り返れば、そこにいたのは数人の仲間を引き連れた──太一。
「どしたの、こんな所に突っ立って」
両手をポケットに入れ、ニヤついた細いつり目が僕を捉えながら近付く。
「………今、リュウって人が……」
「え、リュウさん?!」
その名前を出した途端、動きが止まる。少しだけ見開かれる細い目。表情が、堅いものへと変わっていく。
「あー、そういや今日でしたね。
ハイジの処遇が決まる、大事な話し合いってのは」
後ろにいた男が太一に近付き、僕にも聞こえる声でそう耳打ちする。じろじろと嫌な目付きで、僕の反応を見ながら。
「………ぇ、」
処遇……?
その瞬間──カッとなったハイジが、僕の目の前で二人組の男達に襲い掛かった光景が脳裏を過る。
邪鬼を孕んだ鋭い眼。容赦のない暴行。流血しても尚、人を痛めつける行為を心から愉しんでいる表情。
死んだように動かなくなる……二人組の男──
「ならさ。それまで俺達とどっか行ってようぜ」
再び近付く太一が、僕の肩に腕を掛ける。
『太一には、気をつけろよ』──耳元で、警告するハイジの声が聞こえた気がした。
「……いやだ、」
「いいだろ、別に。ちょっとその辺、付き合って貰うだけだからさぁ……」
太一を睨み付け、掛けられた腕を振り払おうとするものの、そう簡単にはいかず。気付いた時には、周囲を他の男達が取り囲んでいた。
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