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第56話

* 少しだけ揺れた光に目が眩み、瞼が開けられないままでいれば……横向きになって動かなくなっていた僕の背中に、陽だまりのような温もりが包み込む。 ……ハァ…… 僕の項を優しく擽る、気怠い吐息。 「感じて、イったんだよな」 「……」 そんなの、解んないよ。 下腹や内腿辺りに、自身が放ってしまった精液が掛かっているけど…… これが、感じてイくという感覚なのか、自信がない。 どうして……こんなにハイジの事を想っているのに。 最後の夜なのに。 望み通りに、いかないんだろう…… 「……凄ぇ、嬉しい」 ハイジの手のひらが、僕の手の甲を優しく包む。 そうして僕の手を拾い上げ、指先をつまんで一本一本丁寧に、親指の腹で爪の表面をゆっくりと滑らせる。 「さくら。……ひとつ、約束してくんねーか」 「……」 「どんな噂を聞いても、溜まり場には戻ってくンなよ」 「……」 「約束、だかンな」 ……なに、それ…… 不安が、胸を過る。 『オレ、今度……ヤベぇ仕事すンだよ』──蘇ったのは、昨日ハイジがインターネットカフェ内で漏らした台詞。 ヤバイ仕事って……なに? 悪い噂を信じてしまう程、危険な仕事なの……? その内容を聞いて良いのかも解らず、不安に震える心臓を抱えながら、必死でハイジの温もりに逃げ込もうとしていた。 「あー、離れたくねェ……」 「……」 「このまま、時間が止まっちまえばいいのにな」 ハイジが、僕の身体を抱き締めながら項に鼻先を当てる。 トクン…… 僕も、同じ気持ちだよ。 このまま朝なんて、来なければいいのに。 「……眠ぃか?」 「ううん……」 「眠くなったら、気にしねェで寝ていいからな」 「………ハイジは?」 「オレ? オレが寝ない質だって、知ってンだろ?」 クスッとハイジが笑う。 「………、うん」 答えながら、心地良い気怠さが全身を襲う。 まだ、眠りたくないのに。ハイジを感じていたいのに。 次第に重たくなっていく瞼。 指先から消えていく感覚。 意識を手放したくなくて、手に力を籠めてハイジの手を握り返す。 今日一日だけで、沢山の事がありすぎて。微睡みの向こう側へと、意識が引っ張られてしまう。 「……」 ……やだ……寝たくない…… 頑張って瞼を持ち上げるものの……もう既に、その行為自体が夢の中の出来事のような感覚に陥る。 僕達の願いなどに関係なく、刻々と流れていく時間。 それならばいっそ、ハイジが戻って来るその日まで、一気に時間を飛ばせたらいいのに、と……微睡みの中でそんな不毛な事を願っていた。

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