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第78話
闇に浮かぶ刃先。
それが、ゆっくりと迫る。
……助けて……
助けて、助けて、助けて……
………助けて、ハイジ……!!
「……、」
重い身体を、手足を、必死で動かそうとするのに……全然動かない。
何度も繰り返す浅い呼吸。その度に上下する胸部。
無情にも右胸の上部に当てられる、冷たく光る刃先──
ッザク、……シュッ、
「───ッッ、!!」
柔肌に食い込み、左斜め下に向かって一気に引き裂かれる。その経路に沿って鋭い痛みが走り、血が滲んで傷口に熱を持つ。
「………」
その衝撃に、精神が受け止め切れない。防衛本能が働き、思考が停止する。
脳内に膜が張られたように全ての五感が鈍り、遠退いていく。
ズクン、ズクン……
だけど。強く脈打つ患部が、その痛みが、意識を失いかける僕を許さない。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、……」
興奮しきった男の顔がゆっくりと近付き、胸に長く引かれた血の線を、舌全体で絡め取るようにして舐め上げる。
「……」
寒気が……震えが、止まらない……
上擦りながら吸うばかりで、まともに息を吐き出せない。
……苦しい。
「……」
次第に遠退く意識。
痺れた脳内に無数の白い点が現れ、全てが重なり合えば、……ただ真っ白で、何もない世界に変わる。
───ああ、これで……
これで……
ヴォロロロロ……
遠くで、バイクの音が聞こえる。
時折下から突き上げる振動に身体が揺さぶられ、ぼんやりと意識が戻る。
「……」
背中……
──ハイジ……?!
そう思ったのも束の間。この背中が、ハイジのものではない事に気付く。
「……」
ライダーの胴体を抱えるようにして、括りつけられている手首。
振り落とされない為にだろう、キツく縛られている。そのせいで紐が食い込み、指先が痺れて殆ど感覚がない。
少しずつ意識がハッキリするにつれ、心と身体に受けた傷が疼く。
これから一体、何処へ向かおうとしているんだろう……
痺れる頭の中でぼんやりと考えながら、小さく息を吐く。太一の背中に身を委ねてしまっている事に、嫌悪感を抱きながら。
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