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第16話
トクン、トクン、トクン、トクン……
布越しに感じる、速い心音。
竜一の時のような、衝撃的なものは感じられない。
でも……温かくて、心地良い。
ハイジの脇に差し込んだ手を、そっと背中に回し、トレーナーの布地をきゅっと掴む。
額をハイジの肩口に預ければ、僕の背中を包む手に力が篭もる。
トクン、トクン、トクン、トクン……
……不思議。
抱き締められただけで、僅かに残っていた震えが消え……穏やかな気持ちになっていく。
呼吸が、まともにできる。
「………帰るぞ。オレらの家に」
「ん……」
ヴォンヴォン、ヴォォォ──ッッ!
排気ガスに侵された街を、バイクで走り抜ける。わざと遠回りをしているんだろうか。溜まり場であるアパートとは、明らかに違う方角に向かっている。
辺りの店や行き交う車にライトが点き、初めて気付く。いつの間にか陽が落ち、反対の空から闇が迫っている事に。
「……」
ハイジの手、震えてた。
へたり込んだ僕を引っ張り上げてくれた時──涙を溜めた眼が鋭く尖り、ガラス玉のように冷たくて。
僕の首を絞めた時の、あの眼によく似ていた。
だけど。ハイジの背中に手を回した瞬間、その眼にいつもの光が戻ってきて……
あの時──ハイジは何を思っていたんだろう。
底知れぬハイジの深い闇が垣間見えたような気がして、身震いする。まだ僕の知らないハイジが、何処かに潜んでいるような気がして。
「……」
不安に駆られ、ハイジの胴体にしがみつく腕に力を籠める。
そんな僕を気遣ってか。片手で僕の腕を軽く二度叩き、キュッと掴んでくれる。
手のひらから滲む、ハイジの優しさ。
大丈夫。……そう、言われたような気がして。
それに酷く安堵しながら、ハイジに身を預ける。
ヴォオォォ──…ッッ、
バイクの振動が、足の先から天辺まで響く。
決して広くはない背中。だけど、今の僕にとっては、とても大きな存在で……大切な人。
僕の、──唯一の居場所。
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