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第62話
ハルオの手が緩み、二の腕から外される。
「……悪いけど。少しの間、二人きりにして貰えないかな?」
冷静さを取り戻したんだろうハルオが、僕にそう告げながら小柄な男を引き寄せ、そっとハグする。
「……はい」
言われるまま、玄関へと向かう。少しだけ、部屋の片隅に置いた荷物が気になったけど。
その場で話し合うのかと思っていたのに。振り返ってみれば、二人は寝室へと入っていく。
「……」
その引き戸が閉まる瞬間、此方に顔を向けた小柄の男が、口の片端を持ち上げ挑発的な笑みを溢した。
*
「……」
何、やってるんだろう……
玄関先に膝を抱えて踞り、大通りを行き交う車や自転車をぼんやりと眺める。
晩秋の夜風は思ったよりも寒く、容赦なく僕の体温を奪っていく。
首を竦め身体を縮めていれば、否応なく僕の脳裏に忌まわしい過去が蘇る。
それはまだ、僕が未就学児くらいの年の頃だったと思う。
母の逆鱗に触れたらしい僕は、突然風呂場から引っ張り出され、まるで汚物のように外へと投げ捨てられた。
髪も身体も濡れたまま、勿論裸のまま寒空の下に放り出された僕は……寒さに震えながら、小さく縮こまるしかなくて……
「……」
あの後、どうしたんだろう。
余りに強烈だったせいか、その前後の事はよく覚えていない。
震えが止まらず立ち上がり、両手のひらを口の前で広げて、はぁ、と息を吐く。
……鞄の中に仕舞ってたマフラー、取ってきてもいいかな。
二人が寝室に入っていった事もあり、少しくらいなら平気だろうと玄関のドアをそっと開けた。
……ぁ、あんっ……
遠くで響く、甘っとろくて力の抜けるような嬌声。
聞いてはいけないものを聞いてしまったようで、そっとドアを閉める。
「……」
……そういう、事か。
僕を外に出し、二人が寝室に篭もった理由がようやく解った。
外廊下の外灯。寒空に向かって、細い息を吐く。
『……聞かせろよ、声』──ハイジが僕に求めていたのは、ああいう声だったのかな……
昨夜の出来事が思い出され、胸の奥にある柔らかい部分が切なく震える。
……会いたい……
会いたいよ、ハイジ……
軽く目を閉じ、ハイジの温もりを追い掛ける。
『……愛してる、さくら』
僕もだよ、ハイジ。
だから早く戻ってきて、僕を見つけて──
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